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 ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会で日本がスコットランドを破り、初の8強進出を決めた10月13日から1カ月。歴史に刻まれた一戦は台風19号の影響で横浜国際総合競技場での開催が危ぶまれていた。大会組織委員会と国際統括機関ワールドラグビー(WR)は東京・秩父宮ラグビー場での無観客試合も検討し、あらゆる手を尽くして準備を進めた。そんな裏方の奮闘は、来年の東京五輪・パラリンピックに向けた教訓を伝えてくれる。

 「秩父宮プラン」の準備は決戦前夜に始まった。「横浜が使えなければ秩父宮でやる。(テレビ放映用の)カメラは定点の1台でいい」。WRのW杯統括責任者、アラン・ギルピン氏の意向が組織委企画局長の内田南氏に届いた。

 秩父宮は大会基準を満たさずW杯の試合会場からもれたが、チームの公式練習場として使われていた日本ラグビーの「聖地」。横浜より秩父宮の方が天候の影響は小さいと予想された。「むちゃ」とたしなめた内田氏も「何としても試合を」というギルピン氏の思いは痛いほど分かった。

 自然災害などで1次リーグの試合ができない場合、大会規定では引き分け扱いとなる。組織委などは原則に沿い、10月12日に予定されていたニュージーランド―イタリア(愛知・豊田スタジアム)など2試合の中止を10日に決めていた。

 しかし、台風上陸前の決定は、戦わずして1次リーグ敗退となったイタリアを嘆かせ、日本戦中止を危惧したスコットランド協会が「非難声明」を出す事態につながった。運営側の対応を責める欧州メディアもあった。「強いプレッシャーがかかっていた」と、ギルピン氏は振り返る。

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