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 広島原爆の被爆者として語り部活動を続けてきた三重県名張市の阿部磨智恵さん(94)が19日に名張を離れ、故郷である広島県尾道市の因島に帰る。これまでの活動について、「戦争のありのままを伝えようと、どこにでも行って体験を話した。一生懸命でした」と振り返った。

 阿部さんは1925(大正14)年に大阪で生まれ、因島で育った。戦時中は、因島の病院で看護師として働いていた。

 1945年8月6日朝、当直明けだった阿部さんは病院の前の浜辺で、雲一つない空と透明な海に見とれていた。突然、遠くの空から爆音とともに銀色の機影が現れ、島影に消えていったのを覚えている。

 原爆の投下を知ったのはその翌…

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