第5回表現は未完、届けるのが本 指で触れて「わたし」が起動
編集委員・近藤康太郎
本は、かく物である。
英文学者の高宮利行(としゆき)(75)は「本は書き込むためにある」が持論だ。中世ヨーロッパ希少本の世界的コレクターとして知られる。
「フィラデルフィアでシェークスピアの古書が見つかり、書き込みが多数あった。これがジョン・ミルトンのものではないかと思われているんです。本当なら文学研究で世紀の発見です」
本は、かぐ物でもある。
高宮が招聘(しょうへい)した英国古書研究の大家が日本で講演したときの話。「ずっと居眠りしているのかという参加者がいた。質疑でやおら手をあげ『戦争を境に本のかがりの匂いが変わったと思うのですが』と聞くんです。講師は莞爾(かんじ)として『大変よい質問です』。糊(のり)の材質が変わったことを説明し始めた」
菊地信義(76)にとって、本はなによりも「触る物」だという。1万5千冊もの本を手がけた装丁者。装丁をアートにまで高めた世界は、ドキュメンタリー映画「つつんで、ひらいて」になった。
「たとえば『愛』といっても…