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 ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会が44日間の日程を終え、閉幕しました。期間中、多くの人たちが日本を訪れ、12の試合会場だけでなく、キャンプ地や観光地でも様々な交流が生まれました。来夏には東京五輪・パラリンピックが開かれます。各地の経験や教訓から考えます。真のおもてなし、真の交流って何だろう。

釜石 大震災の被災地で唯一試合開催 世界とつながり自信に

 東日本大震災の被災地で唯一の試合開催地となった岩手県釜石市。会場は、同市の津波犠牲者1064人のうち過半数の死者を出した鵜住居地区に新設された釜石鵜住居復興スタジアムでした。9月25日のウルグアイ対フィジー戦では約1万4千人の観客と選手が試合前に黙禱(もくとう)し、周辺では地元高校生らが避難の教訓を訪れた人たちに伝えました。続くカナダ対ナミビア戦は台風で中止に。選手らは泥かきを手伝い、被災者に激励の言葉をかけて帰っていきました。

 スタジアムではいま、W杯開催基準を満たすために増設した仮設施設(観客席1万6千席の1万席分など)の撤去工事が続いています。スタジアム総工費が49億円、増設分の設営・撤去だけで9億円余り。それでもこの町では、この巨大公共投資への批判の声は、当初聞かれたほどは大きくないようです。

 なぜか。期間中、市の人口を超える延べ3万9千人が市街地のファンゾーンに集まりました。しかしその経済効果は未知数です。かつての新日鉄釜石ラグビー部が成し遂げた全国制覇V7の遺産(レガシー)がこの町にあるのは事実ですが、それは1980年代の「かつての栄光」でしょう。

 今回、来釜したニュージーランドの元選手夫妻らと交流を深めた30代の主婦は「人と人の出会いにはプライスレスな価値があった」と振り返り、「東北の小さな町が世界につながっていることを、子どもたちの世代に伝えていく自信ができた」と胸を張ります。

 仮設住宅で暮らす70代の男性は誘致反対から推進に考えが変わりました。「何もしなかったら人口減少と町の衰退はもっと加速していた。やってよかった」と、理由を明かしてくれました。さらに「W杯で気づいたんだけどね、別にW杯がなくても近所に外国人はいっぱいいたよ」と付け加えました。

 男性は今年9月の津波避難訓練の際、水産加工場で働くベトナム人女性らに声をかけ、高台に案内していました。「俺たちの出稼ぎと同じように、ここで働いている人たちから、まずはもてなしていきたい」(本田雅和)

柏ハカ 市民のレガシー

 ニュージーランド(NZ)代表の事前キャンプ地となった千葉県柏市では、地元の子どもたちが歓迎のために「柏ハカ」を踊り、国内外で反響を呼びました。踊っている様子が海外メディアやインターネットの動画を通して世界に流れたのです。

 NZ代表と言えば、先住民族マオリの民族舞踊「ハカ」を試合前に踊ることで有名です。柏ハカはその柏オリジナル版。柏市ラグビー協会と交流があったNZのオークランド・ラグビー協会コーチでマオリ出身のカール・ポキノさん(32)が同市を題材に作りました。NZと市のつながりがW杯後も続いて欲しいという思いがあったそうです。柏ラグビースクールの子どもたちがマオリ語の歌と踊りを覚えました。

 世界に広がるきっかけは9月9日、NZ代表が宿泊するホテル前で開かれた歓迎セレモニーでした。当初、踊る予定はありませんでしたが、チームの到着が遅れ、訪れたファンの前で急きょ披露。これを海外メディアが取り上げ、大会公式ツイッターも動画で紹介。子どもたちがNZの文化を表現したことを聞いた監督と選手は感謝の気持ちを示し、海外からは「素晴らしい」などと声があがりました。約7千人が集まった選手との交流イベントでも披露され、選手をびっくりさせました。

 柏市は当初、大会期間中の公認キャンプ地に手をあげていましたが、大会前の事前キャンプ地の方がチームと自由に交渉でき、市民との交流の場を設けやすいことなどから方針を転換。強豪チームの誘致に成功しました。市協会理事の吉田意人(おきと)さん(49)は「柏ハカを事前キャンプのレガシー(遺産)にしたかった」と話します。

 市協会は、柏ハカをイベントや小中学校で披露し、市民が踊れるように継承活動をしています。吉田さんは「ハカはラグビーの踊りと思われがちだが、違います。市民のものとして受け継がれるようにしていきたい」と話しています。(上嶋紀雄)

縁の深い城下町 市民同士が交流 @松江

 ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会の観戦ツアーで来日したアイルランドサポーター約150人が10月6~8日、松江市を訪れました。松江は幼少期をアイルランドで過ごした作家・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン、1850~1904)が移り住んだ地。市もツアーを全面的にバックアップしました。

 一行は堀を巡る遊覧船を楽しみ、松江城や小泉八雲記念館などを訪問。市は城の前の広場で市民による歓迎セレモニーを開き、伝統行事で使う太鼓を一緒にたたいたり、松江城を同国のシンボルカラーの緑にライトアップしたりするなど松江流「おもてなし」で迎えました。

 最も力を入れたのが、市民同士の交流でした。山陰日本アイルランド協会員で、ラグビー経験者の鴨井八郎さん(54)は6日の歓迎セレモニー後の食事会の会場の壁に、20年近くかけて集めたアイルランド代表の歴代ユニホーム二十数種類を飾りました。「ナイスコレクション!」「こんなジャージーは見たことない!」とサポーターからは大評判。鴨井さんは高齢の男性から着ていたアイルランド代表のセカンドジャージーを贈られ、代わりに緑色のはっぴをあげました。別の男性は、「地元チームのジャージーを送ってあげる」と、鴨井さんと連絡先を交換しました。

 鴨井さんは「ラグビーという共通の関心がある人同士なので盛り上がった。みな、ラグビーがとても好きで、穏やかで紳士的な人たちばかりだった。我々もアイルランドの文化や歴史に関心を持つきっかけになった。国に帰って体験したことを伝えてくれれば、松江に来たいと思ってくれる人が増えるはず。ネットや本の情報とは違い、生き生きとした魅力を伝えてもらえると思う」と語ります。

 文化の違いを感じたのも収穫でした。食事会は予定を大幅に過ぎて午後11時に終わったものの、一行からは「このあと飲める店は?」「そこはジャパニーズスタイルのお店かな?」と質問が。鴨井さんは「アイルランドでは、時間を気にせずパブでビールなどを飲みながら楽しくディスカッションする文化がある。日本の居酒屋の『お通し』や『時間制限』などに戸惑うこともあるようです」。

 市国際観光課国際交流係の広瀬正之係長は「深夜までお酒を飲んで楽しむ人が多いと分かった。市内の飲食店は早めに閉まってしまう店も多かった。例えばもっと早く事前に飲食店などに訪問を周知して遅くまで開けてもらったり、店先にアイルランド国旗やゲール語の紹介文を掲示したりできれば、店側としても利益が出るし、アイルランドの人たちもより楽しめたはず。教訓が得られました」と話しました。(浪間新太)

「国家」を大合唱 一緒に楽しんだ @北九州

 ウェールズ代表は、ワールドカップ(W杯)日本大会前に北九州市で事前キャンプを張りました。9月16日にミクニワールドスタジアム北九州(小倉北区)であった公開練習には、ほぼ満員の約1万5千人が訪れました。開場前から長蛇の列ができ開始時間になっても入りきれず、代表チームは約45分、練習を遅らせて待ってくれました。「日本の人たちがこんなにも歓迎してくれているとわかった。感謝の気持ちを表したかった」。A・ジョーンズ主将はこの時の感激が、W杯の試合後の「おじぎ」につながったと話しました。

 20年前、W杯ウェールズ大会を取材しましたが、新設されたメイン会場は開幕直前も工事中で、「ここで試合ができるの?」と驚いたことを覚えています。全てが完璧ではありませんでしたが、大会は盛り上がり無事、終了しました。一方、時代も背景も違いますが、何事も万全に準備しようとする日本は対照的です。練習環境など代表チームから出される様々な要求に対するキャンプ地などの万全な対応が、外国チームに想像以上の居心地の良さを与えました。

 迎えた側はどうでしょう。9月の練習に福岡市から訪れたラグビー経験者の知人は、ウェールズのチームカラーの赤い服に身を包み、練習前、近くの公園で約2千人が集まった歌の練習会から参加しました。会場ではウェールズ「国歌」を大合唱し、代表選手を歓迎しました。もてなすというより一緒に楽しむ雰囲気だったそうです。

 元々、北九州市立大とカーディフ大の縁があり、3年ほど前、市の担当者が事前キャンプのお願いにウェールズまで行った時は相手にしてもらえませんでした。ダメもとで協会関係者を北九州に招くと、整備された競技場の芝などが評価され、話がどんどん具体化しました。元代表選手によるラグビースクールの開催など交流が進みました。代表チームは大会前に世界ランキング1位となり、優勝候補と呼ばれました。市民とウェールズ協会が肩ひじ張らずに紡いできた物語が、「おもてなし」の形で結実したように思えました。(森田博志)

東京五輪 キャンプ地にも名乗り @鹿児島

 4日、ラグビーW杯で優勝した南アフリカ代表チームのシヤ・コリシ主将から、事前キャンプ地、鹿児島市に動画が届きました。英語で語る主将は最後「ありがとうございます」と日本語でいい、手のひらを合わせおじぎして感謝を伝えています。

 南ア代表は下見に訪れた昨年末、コーチらが中学でラグビーを教えたり、すし店ですしの握り方を体験したり。今年9月のキャンプの公開練習では身長2メートル近い選手たちが体をぶつけ合い、見守る市民から歓声とため息がもれました。

 キャンプ中、コーチらが毎晩通った市内のパブ「BIGBEN」のオーナー井手上樹(たつる)さん(61)によると、彼らは陽気でとにかくビール好き。「ギネス」を何杯も飲んだそうです。井手上さんにとって客層の変化は驚きでした。大会中、特に女性客が目立ちました。テレビに目当ての選手が映るとはしゃぐ姿は、中高年の男性客ばかりだったこれまででは見られなかったそうです。

 店では一人で来た客をカウンターに案内するのではなく他の客と相席にしました。すぐに盛り上がったそうです。国籍、年齢、性別を問わず、ひいきのチームを応援し、ノーサイドで拍手で相手をたたえ合う。そんな姿に井手上さんは「相手とすぐ打ち解けられるのがラグビー。ファンの裾野の広がりを感じました」。

 ところで、市には来年の国体開催を控え「スポーツで町おこしを」という狙いがあります。来夏の東京五輪でも7人制ラグビー南ア代表のキャンプ地に名乗りを上げています。市の担当者は「『W杯優勝チームのキャンプ地』のブランドをいただいた。これをご縁に、ぜひ五輪も」。すでに五輪に向け交渉に動いています。(外尾誠、木脇みのり、井東礁)

台風に負けず試合 日本ならでは 反骨精神たたえる英紙コラムに反響

 台風19号の直後に行われたラグビーW杯の日本―スコットランド戦について、英ガーディアン紙のアンディ・ブル記者(37)が書いた記事が大きな反響を呼びました。見出しは「台風の被害にあいながら、反骨精神を世界にみせた日本」。試合中止が懸念されていたにもかかわらず、開催にこぎつけたスタッフや選手たちをたたえるコラムでした。読者が日本語に訳して紹介したため、多くの人がフェイスブックでシェアしました。

 スポーツを担当し15年というブル記者。この試合は中止になると思っていたのに、決行すると聞き、信じられない思いで横浜のスタジアムへ。組織委員会から、スタッフが前日から会場に泊まり込み、水を吸い出し、泥やゴミを流すなどして対応したと聞いたそうです。堤防が決壊、行方不明者が多数出る中、試合を開くというのは「日本のおもてなしの表れだったと思う」。これまで世界各地の大会を取材してきましたが、「日本でなければこんな状況下で開催はありえなかった」と語ります。

 試合前の黙禱(もくとう)や君が代斉唱を会場で見守ったブル記者は「力強い感情に突き動かされた」と言います。そして、「日本の選手もその感情に動かされ、素晴らしい試合をしたと感じた」と言い、大会で最も印象に残るゲームだったといいます。ブル記者は「2020年の五輪東京大会も素晴らしいものになると確信した」と話しています。(平山亜理

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 ラグビーW杯を迎えるにあたり、関係者は「本場欧州のように客席が盛り上がるのか」と懸念していました。チケットは売れていましたが、日本でのラグビー人気はいま一つ。昨年度の社会人トップリーグの観客は1試合平均約5千人と振るわず、ラグビーで盛り上がることは担当記者としてもなかなかイメージできませんでした。

 しかし、開幕戦のロシア戦。4万6千のファンの多くが日本代表の紅白のジャージーを着て声をからし、試合終了後は奮闘したロシアにエールを送りました。ラグビーには勝者と敗者が互いをたたえあう文化があり、選手もファンもその精神を体現しました。こうした行動を日本人は自然と受け入れ、温かな盛り上がりへとつながっていきました。

 私自身、日本がアイルランドを破った夜の電車の中で、アイルランドファンから「日本は素晴らしかった」と手作りのリストバンドをもらいました。大会終盤には各国の記者とラグビーをする機会があり、ブラジルの記者からは「いつかこんな大会を開ければ」と伝えられました。

 元日本代表主将の廣瀬俊朗さんらが提案した、参加チームのアンセム(国歌や応援歌)を歌って歓迎する活動は、開催自治体やキャンプ地、多くの子どもたちに瞬く間に広がりました。ボランティアはハイタッチと笑顔で観客を出迎え、楽しい空間づくりに貢献しました。来年の2020年東京五輪・パラリンピックへのいいお手本が示されました。

 試合後の電車内で騒ぐ海外ファンの動画がSNSで賛否を集めるなど、文化の違いも明らかになりました。今回の成果や課題を、東京五輪をはじめとする今後の国際スポーツ大会、そして再開催をめざすW杯日本大会へどう引き継ぐのか。検証を進めることが大事なステップになると思います。(野村周平)

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