桜井なおみ
みなさんは定年後の生き方を考えていますか? 人生100年時代と言われ、定年も延長されつつあります。ところが、私たちが50代以降のがん患者を対象に取り組んだ調査の結果から、がん患者が定年以降も働き続けることの難しさが浮かび上がってきました。調査結果について2回に分けてお伝えします。
みなさんは定年退職後の生き方をどのように考えていますか? 我が家もパートナーは50代後半。そろそろ定年後の生き方を考えなければならない年齢になっていますが、なんとなく、話し合いを先延ばしにしたままにしています。最終的には自分が決めることではありますが、人生100年時代を迎えたいま、定年は人生の「折り返し地点」にもなってきており、老後の生活も含めて重要な時期になってきています。
私たちの団体の電話相談に、がんのステージⅠの患者さんから相談がありました。手術後の再発予防のための薬物療法を開始した時期と定年が重なったとのこと。ご本人は、治療費のことも考え、また、通院のために週1回のお休みさえ取得できれば仕事は十分にできると思い、会社に対して、定年後の再雇用を申し出ました。社内の状況に明るいベテランの雇用継続は、職場にとっても、そして、ご本人にとっても好都合だったと思います。
ところが、人事や組合に何度も調整をお願いしても、再雇用には至らず、退職せざるを得なかったというのです。病気のこともショックではありましたが、それ以上に、長年尽くしてきた会社の対応に、「悔しい」と電話口で落涙されました。このときの相談は本当に心に残っています。
内閣府による2017年版の「高齢社会白書」によると、60歳以上65歳未満の労働者の人口は541万人、65歳以上70歳未満では450万人と想定されており、これは全労働者の約20%を占めていると言われています。働き手の確保が課題となっている我が国では大切な労働人口です。
1年間でがんと診断される人の数は89万1445人(出典:地域がん登録全国合計によるがん罹患(りかん)データ:2014年~15年、国立がん研究センター・がん情報サービス)。このうち、50歳から64歳の間に診断を受けた人の数は17万346人(19%)になります。69歳までで考えると30万4929人(34%)にもなります。がんは、50代後半から急激に患者さんの数が増えていく病気でもありますから、この世代での、治療と仕事の両立支援については、企業にも、みなさんの周りでも経験された方が多いと思います。
そこで、私たちの団体(一般社団法人CSRプロジェクト)では、「50代からのがん生き抜き方調査」として、2019年の7月にウェブを用いた全国調査を実施しました(アフラック生命保険株式会社協賛)。回答者は、50歳~69歳でがんを罹患した206人の正社員の方、平均年齢は62.2歳、男女比は9:1、既婚が85.4%となりました。
診断された部位は第1位が大腸がん21.4%、次いで、胃がん20.9%、肺がん11.2%、前立腺がん10.7%となっており、病期はステージⅠが41.3%、ステージⅡが18.9%と、いわゆる早期がんが全体の約6割を占めました。ではこの結果をみてみましょう。
なお、調査結果の詳細はこちらのリンクからご覧ください。
(http://workingsurvivors.org/img/press0925.pdf)
定年退職後に継続雇用された人の割合は45.9%(定年に達していない人を除いた170人)と、一般の継続雇用率84.1%と比べて著しく低い結果となりました(厚生労働省・2017年「高年齢者の雇用状況」集計結果を参照)。
また、継続雇用された人の雇用条件を調べると、平均して「週4.83日勤務、週36.1時間勤務」と、ほぼ、フルタイムに近い状態での再雇用となっています。(図1参照)
定年後に再雇用がなかった理由を聞くと、第1位が「働くことを希望しなかったから(35.9%)」、「労働時間が体力に合わなかったから(22.8%)」、「フルタイムを求められたから(12.0%)」、「再雇用を希望したが断られた(5.4%)」、「働き方について交渉したが折り合わなかったから(5.4%)」が続きます。
前述の厚生労働省調査では、「再雇用を望みながら断られた」人の割合は0.2%となっていますから、私たちの調査での「再雇用を希望したが断られた」(5.4%)という数字を比べてみると、定年を迎えたがん患者の再雇用がより厳しい可能性があります(図2参照)。
この背景として、もちろん、医学的な要因や心理的な要因も考えられますが、企業が負担する「保険料」の高さなども影響しているのではないかと思われます。一般的に社会保険に関する費用は、従業員と企業が折半しています。30代~50代の正社員ならば、企業は1人当たり1カ月に4万~7万円程度を支払っているのではないかと推測されています。
これだけの社会保険を負担するのであれば、できれば雇用継続後も週5日程度は働いて欲しい、つまり、「できればフルスペックで働いて欲しい」という企業の本音が、この結果から垣間見えてくるのです。
そもそも国は、「成長戦略実行計画(2019年6月21日)」で、継続雇用の年齢を現行の65歳から70歳へ引き上げることを視野にいれた高年齢者雇用安定法の改正を検討しています。就労世代の減少にともない、企業も70歳雇用を射程に入れた人事戦略、高齢者雇用の拡大を検討していますが、この年齢では、何らかの疾病を有している労働者が必ずいます。
拡大するポルトガルで開かれた国際シンポジウムで日本の乳がん患者の復職状況について発表する桜井なおみさん
治療と職業生活の両立が進められ、様々な取り組みが紹介されていますが、なんとなく、その対象年齢が30代から40代の患者さんをイメージしている気がしています。若い人ばかりではなく、「50代から60代」の高齢者雇用にも目線をひろげ、両立支援を届けていくことが大切です。また、40代後半からのセカンドキャリア支援やリカレント教育(学び直し)なども、ますます重要になってくるのではないでしょうか。
次回は離職の背景要因について考えてみます。
<アピタル:がん、そして働く>
東京生まれ。大学で都市計画を学んだ後、卒業後はコンサルティング会社にて、まちづくりや環境学習などに従事。2004年、30代で乳がん罹患後は、働き盛りで罹患した自らのがん経験や社会経験を活かし、小児がん経験者を含めた患者・家族の支援活動を開始、現在に至る。社会福祉士、技術士(建設部門)、産業カウンセラー。
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