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 ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王(教皇)の来日を待ちわびるカトリック信者がいる。74年前の長崎原爆の被爆者で、三重県四日市市に住む山本登さん(85)。23日の来日に合わせ、故郷の長崎に向かう。

 「教皇様が長崎を訪問すると決まったとき、すぐに長崎行きを決めました」

 カトリック教会のトップで、「キリストの代理人」とされる法王が訪れるのは長崎、広島、東京の3都市。信者仲間の多くは、三重から移動しやすい東京に行くが、山本さんは「原爆のつらい思い出が残っている長崎で会いたい」と即決した。

 法王に関する新聞記事は全てスクラップし、何度も読んだ。毎晩欠かすことがないイエス・キリストへの祈りでは、「日本でのおつとめを無事果たせるように」「原爆による被害が二度と起こらないように」と願う。24日に長崎市内であるミサの案内状も何度も確認した。「毎日まだかまだかと、そわそわしています」

 1945年8月9日、国民学校の6年生だった。この日は夏休みで、爆心地から2キロの自宅にいた。縁側で爆音が聞こえた方向を見ていると、目の前に閃光(せんこう)が走った。

 直後に気を失い、気づいたときには爆風で数メートル飛ばされていた。家の中は家具などが散乱して半壊。土壁の内側から出た竹がふくらはぎに突き刺さった。

 何とか家を出て家族と防空壕(ごう)へ逃げた。途中、同じように逃げてきた人たちがぞろぞろと歩いていた。顔に大やけどをおって皮膚がたれている人、体中血だらけで苦しんでいる人、子どもを捜す母親――。その光景とふくらはぎの傷は、今も心と体に刻まれている。

 両親が熱心なカトリック信者で、生まれてすぐに洗礼を受け、戦時中も教会に通っていた。長崎に原爆が落とされてからは、「なんで神は日本に原爆を仕向けたのか」と考えることもしばしばあった。ただ、こう思い直した。「神は平和を望んでいる。人間の自由意思で、人間の判断で平和な世界をつくるべきだ」

 数年前に、前立腺がんを患った。「若い人たちに原爆のことを知ってもらいたい」との思いで、主に小中学校での語り部活動を始めたのも同じころだった。

 「絶対に戦争と原爆はいけない」。夏が来る度に、強く語りかけてきた。今年6月には核兵器廃絶を訴える全国各地を巡るリレー行進に参加し、杖をつきながら津市内を歩いた。今夏には、初めて長崎市の平和祈念式典に参加。年を重ねるごとに、核廃絶への思いを強くしている。

 2013年に就任した法王は核廃絶に力を入れてきた。17年7月に国連で核兵器禁止条約が採択されると、法王が国家元首を務めるバチカン(ローマ法王庁)は同年9月にいち早く署名、批准した。山本さんは「教皇様の来日で、核廃絶が一歩でも前に進めば」と期待している。(大滝哲彰)