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 「孤高の単独行(たんどくこう)者」として登山史に名を残す加藤文太郎がくり返し歩いた氷ノ山に登った。文太郎は昭和初期に厳冬期の北アルプスを何度も単独縦走し、槍ケ岳北鎌尾根で遭難死した。30歳だった。氷ノ山は文太郎の故郷の山だ。

 新田次郎は富士山頂の観測所に勤務したころ、真冬に1人で登ってきた文太郎に会い、その後に小説「孤高の人」のモデルにした。文太郎の登山記録や文章は遺稿集になり、「新編単独行」の表題でヤマケイ文庫に収められている。

 文太郎は1905年に兵庫県の日本海側、浜坂町(現在の新温泉町)で生まれた。神戸市の三菱内燃機に入社し、夜学で学んで技師になった。六甲山系で山登りを覚え、3千メートル級の冬山を縦走するようになっても故郷の山を歩いた。

 「文太郎さんの山に登ろう」。…

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