拡大する写真・図版 兄の四方秀雄さんが戦地で携えていたアルバムを見つめる弟の保さん=2019年11月27日、京都府綾部市多田町、山城響撮影

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 太平洋戦争中、フィリピン・レイテ島で戦死し、遺骨すら戻らなかった9歳年上の兄。その兄が持っていたアルバムが11月下旬、弟に返還された。開戦から8日で78年。おぼろげになっていた兄の記憶が、写真からよみがえった。

 レイテ島の風景だろうか。手書きのヤシの木のイラストがあしらわれた、20センチ大の長方形のアルバム。そこには名前とともに、27枚の写真が収められ、丁寧に台紙に貼られていた。

 「右端が父で、3人目が私。徴兵された兄を励まそうと撮りました。近寄りがたく感じていたが、きょうだいの写真を大事に持っていてくれたのがうれしい」

 田んぼの中で家族が横一列に並ぶ写真を見ながら、四方保さん(89)=京都府綾部市=は懐かしそうにこう語った。田植えの時期、隣町の写真館からカメラマンを呼んで撮ってもらい、父が兄の秀雄さんへ送ったものだ。ほかにも戦友とポーズをとる軍服姿の秀雄さん。レイテ島で撮ったとみられる一コマだ。初めて見るものばかりだった。

 1941年12月8日。秀雄さんが買ってきた真空管の茶色のラジオが、日本軍が真珠湾を攻撃したニュースを伝えた。「日本人は強い!」。保さんは戦果に興奮したのを覚えている。そうして始まった戦争に、秀雄さんはかり出された。

 秀雄さんが最後に配属されたの…

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