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 京都府南丹市八木町と亀岡市にまたがる八木城。山のふもとに立つ十字架は、キリシタン武将ジョアン・内藤の顕彰碑だ。還暦のころ、徳川家康のキリシタン追放令で高山右近らとフィリピンに流され、亡くなった。

 明智光秀の軍勢は1579(天正7)年ごろ、2度目の攻撃でようやくこの城を落としたという。同時に周辺の寺も焼かれた。ジョアンはこの時、城にはいなかったとされる。地域にはキリスト教を厳禁した徳川幕府を恐れて破棄したのか、落城に関する記録はほとんど残っていない。それだけに様々な伝承が伝わる。

 城跡から南東へ2キロほど離れた、亀岡市千代川町の集落。約100戸ほどのうち8割は俣野姓を名乗る。その多くは、「左三つ巴(どもえ)に八つ桔梗(ききょう)」という珍しい家紋だ。光秀の紋「桔梗」が八つ、「巴」の周囲を囲んでいる。

 郷土史を調べている元中学校教…

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