「9月1日」の後、みんなどうしてる?
内閣府の調査で18歳以下の自殺者が9月1日に多いことが4年前に明らかになり、夏休み明けの子どもたちへのメッセージが報道やSNSで発信されるようになりました。でも「しんどいのはその時だけじゃない」という声を聞きます。そろそろ冬休みに入ります。その後、どう過ごしていますか。居場所はありますか。
「逃げろ」だけじゃなくて 経験者ら 9・1報道に
応援してくれるのは伝わるんだけど、違和感がある――。かつて不登校を経験するなどした人たちも通うNPO法人「シューレ大学」では10月、「9月1日」を巡る報道内容などについて、10人が話し合いました。
「不登校を肯定するのは悪いことじゃないけど、学校を変える内容ではない」。山本朝子さん(33)は、「9月1日」を巡る報道に抱いた気持ちを共有し、別の意見も聞いてみたいと議論を提起しました。集団行動が苦手で、小学校1年生の途中から不登校になった山本さんは、「逃げろ」のメッセージに違和感を感じたといいます。「気持ちは伝わるんだけど、『結構なところまで追い詰められないと学校に行かないことは許されないんだな』と感じる人もいそう」と話します。「著名人が発信する『好きなものがあれば道が開ける』というメッセージもつらかった」と話す女性もいました。
報道が夏休み明け前後に集中することについて、「日常がつらいんだから、9月1日を過ぎたら大丈夫になるわけない」と山本さん。長畑洋さん(29)は、「当事者とは別のところで、お祭りになっているように見えるケースもある」と話します。一方で「自分がつらかったときにこういう報道があったら、救われたと思う」との声もありました。
教育社会学者でシューレ大学スタッフの朝倉景樹さんは、「学生たちは、報道が『死にたい』と感じるほどのしんどさだけにフォーカスされていることにモヤモヤしている」といいます。また「学校に行くことが当たり前だと思っている社会が、この時期だけ『不登校でいい』と言うのは矛盾している」とも指摘。「長期休み明けに自殺者が増えるような『学校』になぜ行かなきゃいけないのか。学校に行くとはどういうことなのかを、社会が正面から問うていかないといけない」と話します。
不登校 支える場も知りたい 保護者たちは
親は、不登校を肯定する報道をどう感じているのでしょう。大阪市のフリースクール「みなも」に11月、子どもが不登校を経験した保護者らが集まり、思いを語り合いました。
「子どもが学校を休み始めた時は『早く学校に戻さないと』と焦っていた。あの時に休んでもいいと伝えてくれる報道に出会っていたらどれだけ救われたか」
府内に住む50代の女性はそう言いました。現在高校生の長女は、中学の頃から学校を休みがち。今でこそそんな状況を受け止められるようになりましたが、「最初から『不登校の子の親』にはなれなかった」と振り返ります。「家族でぶつかり合ってようやく、子どもが笑顔でいるだけでいいと思えるようになった。早く親がそう思えた方が、子どもも家に居場所を見つけられる。不登校を否定しない報道が、苦しむ家族の支えになれば」
一方で、別の女性からは「9月1日に命を絶つ子が多いという報道がかえって子どもの苦しさを刺激しない?」という意見も出ました。
保護者らが求めたのは、フリースクールや不登校に理解のあるカリキュラムの学校など、子どもの居場所の情報です。「『不登校でいいよ』というメッセージとともに、子どもが前に進める場所の情報も発信してほしい」と、別の女性は話しました。
絶望も希望もあっていい シンガー・ソングライター 大森靖子さん
「9月1日」は、新しい環境が始まるという意味でプレッシャーですよね。ツイッターのダイレクトメッセージでファンが悩みを送ってくることもあるし、私自身も生きづらいのでわかります。ただ、悩みは突然その日に生まれるのではなく、いつもある気持ちが、その日はさばききれなくなるという感じだと思います。
「生きづらい」気持ちにはグラデーションがあります。切羽詰まっている感情だけじゃなくて、日々感じている「これでいいのかな」「やりづらいな」「この社会に向いていない」みたいなものもあります。だから、「生きづらい」は特別な感情ではなく、ずっとそこにあるものです。
その生きづらさを感じるまでの道のりには、例えば「元凶になる人がいる」など原因がたくさんある。なるべく冷静なときに、それを書き出してみてください。「社会のせいで自分は生きづらい」と一言でまとめるのではなく、「こういう家族に生まれて、こういう地域性の中で育ったから生きづらい」とか、詳しく考えてみてほしいんです。原因が見えてきたら、それと離れるなどして解決していく方法もあります。
確かに生きづらさの原因は社会にも絶対にあると思うけど、そこは「折り合い」です。どの居場所に行っても、生きづらさはあるので、より折り合いがつけやすい場所をみつけてほしいです。すると、得意なこともわかってくるんですよね。
私は「明るく素晴らしく健康的に生きて行こう」とは思っていません。「ボーッとしている希望」とか、「つらいけど普通の日々」とかで別にいいじゃんっていう考えです。もっと、だらしない「生きよう」でいい。
絶望も希望もあっていいと思います。絶望できるということは、「生きて、絶望できる感性が自分にちゃんとあるんだ」ということ。だから、「絶望、全然楽しいじゃん」という気持ちです。(聞き手・金沢ひかり)
変わるべきは社会のほう 大阪府立西成高校の山田勝治校長
子どもが「学校がイヤだ」って言う時の学校って何でしょう。勉強? 先生? 友だち? 建物?
夏休み後半、「学校がつらかったら無理して行かなくて良いよ」というメッセージを新聞やテレビでたくさん目にしました。命を守るという意味では僕も賛成です。学校は命をかけてまで行く場所ではない。同調圧力の中で、学校に行かなければならないプレッシャーに潰されてしまう必要は全くありません。
一方で、学校で子どもと向き合ってきた僕としては複雑な感情もあります。いじめ。授業がわからない。そんな学校が原因の生きづらさは、僕らが学校を変えて救う。でもそうじゃないけどしんどいって言う子は、学校ではなく、今の社会での人生設計がしんどいんじゃないかな。
今の社会を作ってきたのは、学校で勉強して良い大学に行って、良い所に就職した人たち。いわゆる「エリート」ですね。実際どうかは別として、これが今の社会では「成功」とされるモデルで、ここに適応して上手にやっていくことが求められています。
子どもは社会の二面性に敏感です。この成長モデルや社会の価値観はそのままに「学校に行かなくて良い」と言われたら、どちらが本当かと混乱しないでしょうか。だって今の社会は「学校に行かなくて良いよ」って言う大人が作った社会じゃないんだから。
大阪府立西成高校で学ぶ子の多くは、不登校を経験しています。子どもたちに少しでもホッとしてもらおうと2012年、校内に民間団体が運営する「居場所カフェ」を作りました。また、小学校レベルからの学び直しもサポートしています。「わかる楽しさ」を感じ、やがて困難に出合った時に自分で向き合う力を身につけてほしい。学校を卒業して、自信を深められる子もいるのです。
変わるべきは社会です。「学校に行かなくて良い」と言うなら、行かなくても子どもが人生の展望を描ける社会を作らなくてはいけない。校長の僕ができることは、行きたいと思ってもらえる学校作りをすること。大人がそれぞれの立場で社会のシステムを変えようと動くことで、子どもが将来に希望を持てるようになる。僕たち大人、動きましょう。(聞き手・山根久美子)
「助けて」訴える先を 苦しい二択しかない
朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。
●ネットで視界開けた
私は主にネットを通じ、時間と共に親、友達だけでない人の様々な考え方を知り、視界が開きました。(東京都・10代女性)
●現実に戻るための大切な時
非現実の中で現実のうまい受け止め方を学んで人は現実に戻ってきます。だから彼らが非現実の中に浸っているときに、そこから無理やり現実へ引き戻そうとすることをやめるべきであると思います。彼らは現実と折り合いをつけるために非現実の中へ潜っているのです。(山梨県・10代その他)
●好きなモノ見つけること
自分が「好きだ」「美しい」「面白い」「楽しい」と思えるモノを見つけること。それが生きづらさを和らげてくれると思う。現実逃避は悪いことではなく、むしろ自己防衛の一つなのだと、知って欲しい。(東京都・10代女性)
●学校以外に頼れる場所
学校以外に、頼れる場所があってほしい。相談できる場所。居て良い場所がほしい。学校だけが全てではないという、風景を作り出してほしい(徳島県・10代男性)
●「第三の居場所」ほしい
「学校でもなく家でもない、第三の居場所」を作ってほしい。(北海道・10代男性)
●乗り越えるため相談する
辛(つら)いことも悲しいことも乗り越えるためには相談することも必要だと思う。(島根県・10代女性)
●無料のカウンセリングあれば
私が悩んでいた時に痛感したのが、自分から「生きづらい、助けてほしい」と訴えることの困難さでした。そのため、無料かつ簡単に相談できるカウンセリングがあればよいと思っています。(兵庫県・20代女性)
●大事なこと
休む大切さを教える。(群馬県・10代女性)
●遠いメッセージ
学校関係者(先生、スクールカウンセラー、どこの学校でもアクセスできるひとたち)によるメッセージ。著名人のメッセージは他人事としてしか受け取れない。フリースクールの紹介は都市部ではない人にとっては絶望でしかない。イベント企画も、閉鎖的な田舎の学生にとっては他所の出来事でしかない。(広島県・10代女性)
●「待ってる人」の存在
学校を休んでもいい。その先に、「でも待ってるよ」という人がいるのといないのではだいぶ違うと感じました。(東京都・10歳未満男性の保護者)
●勉強する仕組み見直して
そもそも教室に行かないと授業に出たことにならない仕組みを変えるのが良いと思う。なぜなら僕は学校には行けるが教室には入れないというかたちの不登校になったことがあるからだ。その後通信制に転校したら驚くほど楽に勉強に没頭できて驚いた。意識などを変える段階はもう終わっていると思う。これからはシステムから見直すべきだと思う。(大阪府・10代その他)
●逃げても逃げなくても苦しい
もっと具体的に、逃げた先が苦しんでいる今より良くなるという希望を持たせてほしいと思っている人がいると思います。逃げずに苦しむか逃げて苦しむか、今はそんな二択しか存在しないように思います。(佐賀県・10代女性)
●本当は役に立ちたい
なんでもいいから、役割がほしい時がある。本当は役に立ちたいし、動きたい。常に会社に行くのが無理でも、週に一回だけでもいいから、誰かに褒めてもらいたい。(岩手県・30代女性)
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しんどかったら学校を休んでもよい。でもこのしんどさを我慢できなければ社会で通用しない。「じゃあどうしろって言うんだ!」。取材を通して聞こえたのは、子どもたちの悲痛な叫びです。国は従来の学校復帰を前提とした不登校支援を見直しました。でも子どもたちは、不登校の先にある社会を信用できないでいます。多様性を認め合い、自分らしく生きられる社会をつくる責任は大人にある。その思いを新たにしています。(山根久美子)
取材を通して聞こえてきたのは、「社会や学校にある生きづらさの根本を変えてほしい」という声でした。苦しい時間に寄り添うだけでは不十分だと突きつけられたように感じます。「ブラック校則も生きづらさの要因の一つだ」と指摘する識者もいますが、校則を巡る動きは、「生きづらさ」が言語化されたことで社会が動きだした事例だと思います。子どもたちが何に生きづらさを感じているのか、大人は誠実に向き合う必要があると感じます。(金沢ひかり)
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