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【アピタル+】患者を生きる・職場で「うつ」

 うつ病などで休職したときに、スムーズな復職をめざし、医療機関で取り組みが広がっているのが「復職支援プログラム」です。どんな内容で、どんな意味があるのでしょうか。1997年に全国に先駆けて始めた、NTT東日本関東病院精神神経科部長の秋山剛さん(64)に聞きました。

拡大する写真・図版NTT東日本関東病院精神神経科部長の秋山剛さん=東京都品川区

――復職プログラムとはどんなものですか?

 医療現場では「リワークプログラム」と呼ばれています。「return to work」を略した言葉です。復職に向けたリハビリテーションをし、仕事ができるようになるまでの回復を促します。

 まずは朝きちんと起きて施設に通えるようになるところからスタートします。体操や有酸素運動などで体力を回復させるプログラムもあります。集中力を上げるため、読書や新聞記事を読んで内容をまとめたり、テーマを決めてグループでディスカッションし発表したりというものもあります。

 回復の程度に応じて段階的に進めることが大切です。ある程度回復してきたら、休職に至った経緯を振り返ったり、今後の対策をまとめたりします。職場とも連携をとり、スムーズに回復できるように支援します。

 ただ、本質は「単に復職を果たす」ことではなく、「復職後、再発なく就労を継続できるようこと」にあると考えています。

――「再発を防ぐ」ことが重要なのですね。その考え方は、プログラムが始まった20年前からあったのでしょうか。

 最初のころは、「復職を支援する」ことに力点が置かれていた面がありました。でも、患者さんを送り出してみると、再発を予防できなければ復職の意味はない、再発予防こそが大事なんだ、と実感するようになりました。「復職しました。でも1カ月後にまた休職しました」では、復職の意味はないわけです。

――休職を繰り返すケースは多いのでしょうか?

 仕事をしているときにストレスがかかって、うつ病などの病気になるとします。その人が病気になりやすい素因、要因を専門用語では「脆弱(ぜいじゃく)性」と言うのですが、この脆弱性は一般的に、発病すると発病前よりも増す、と言われています。

 つまり、1回目の発病は相当のストレスがかからないと起きないのだけど、2回目、3回目はそれほどのストレスではなくても病気になってしまうということです。

 復職というのは、ストレスのかかる以前の環境に戻ることを意味します。そして、脆弱性は増しています。何もしなければ再発するのが当然なわけです。ですから、リワークプログラムは「脆弱性を強化するプログラム」なんです。

――脆弱性を強化するために、大切なことは?

 大きく二つのポイントがあります。

 一つは、「対人関係技術の改善」です。職場のストレスは、主に対人関係のストレスです。もちろん、残業が月に70時間、80時間になって……という長時間労働の問題も一方ではあります。でも、仕事をふられたときに、「すでに残業時間が40時間を超えています」などと、自分の状況をきちんと説明する必要があるわけです。でも説明できないし、断れない。

 あるいは、少し難しい仕事を引き受けたときに、必要な情報をもっている人のところへ聞きに行けば、問題を解決することができますよね。しかし、それができない。「NO」とも言えず引き受けてしまい、「困った」と相談もできない。これでは病気になります。

 自分が困っている状況をきちんと説明できる、必要であればNOと言える、課題を引き受けたのならば解決するための助けを求める。こうした技術を改善すれば、脆弱性がその人のなかで増したとしても、職場に戻ったときのストレスを下げることができ、再発しないですむということになります。

 プログラムでは、認知行動療法でこうした自分の考え方や行動のくせを自覚してもらい、対策を考えます。疑似職場で部長、課長、係長、社員みたいな役割をつくり、練習してもらうなどの取り組みもあります。

病気を受容したうえで前向きに生きる

――もう一つのポイントは?

 「自分の体調のモニター」です。

 自分の体調がいいのであれば、「体調が安定していますので、仕事の幅を広げてもらっても大丈夫だと思います」などと相談したいですよね。逆に、体調が悪いのであれば「申し訳ありませんが、仕事の負担を一時的に軽くしてもらえないでしょうか」と言わなければいけません。

 つまり、「仕事をしているときに、自分の体調を自分で把握すること」が大切です。これは実は、きちんと教えないとできない人が多いです。

 私たちは「活動記録表」というものを使っています。睡眠時間やその日の行動、日々の気分などを書きとめます。生活リズムの乱れや活動性の偏り、気分がどんなときに落ち込むか、などを自覚してもらい、自己管理に役立てます。日よって寝付く時間が違うとか、ここ3日ぐらい夜中に目が覚めることが増えているとか、朝のだるさが増しているとか……。「自分の体調が少し悪い方に向かっているのではないか」と把握できます。プログラム中だけでなく、復職後も活用できます。

――再発を防ぐため、ほかに重要なことはありますか?

 もうちょっと踏み込んでプログラムの意味を考えると、「自分の病気を受け入れ、病気を持ちながらも仕事をし続けたい、人生を生き続けたい」という状態になってもらうということが本質だと思います。

 自分自身の脆弱性を、体調のモニターをして把握してコントロールしつつ、仕事ができる能力を生かして仕事をしていきたい、と考えられるようになることが重要です。

 病気になってショックを受けると「自分は病人なんだ。もうダメだ」というアイデンティティーになってしまいます。それを「いやそうじゃない」と。「自分には病気がある。続けて薬をのまないといけないらしい。でも気を付けて仕事をすればちゃんと続けることができる」と考えられるように支援する。つまり、病気を受容したうえで前向きに人生を生きていこうとするアイデンティティーの変容を助ける。これがプログラムの最終的な目標です。これができれば、そんなに簡単には再発しません。

 「リワーク」の本質は、単に復職を果たす「return to work」にとどまらない、ライフキャリア全般に及ぶ「recovery through work」にあると考えています。

発達障害の傾向があるケースも多い

――職場のうつは増えていますか?

 増加傾向にあると思います。

 あらゆる職場で、技術革新のために変化のスピードが上がっていますよね。「うちは老舗だからこれまでのやり方で経営を続けていきます」みたいなことを言う経営者は、いまいないと思います。みんな手探り状態なのです。どういう変化をすればいいのかわからないけれど、とにかく「変化しないことがリスクだ」と言われ、「なにかやるしかない」という状況に近いのではないかと思います。

 その割を食うのは現場の社員ですよね。よくわからないけれど、ただやみくもにやらされ、結果は出せよと言われている。たまらないですよね。

 教育の問題もあります。ゲームやインターネットばかりしている人が増えました。比例するように、現実の対人関係を経験する機会はどんどん減っているのではないでしょうか。電話の応対やメールの出し方など、仕事をするうえで必要な技術がまったくないまま社会人になる人がとても多い印象があります。入社まもなくうつになり、離職するケースは増えていると思います。

――ほかに最近の特徴はありますか?

 いま非常に問題になっているのは、発達障害の傾向がある人たちです。「空気が読めない」「言葉はたくさん知っていて、一見気が利いたことを言うけど、物事の処理能力が遅い」「二つ三つのことを言われると、どれからやっていいかわからなくなる」……。入社して2年ぐらいまでは決められた業務だからいいけれど、3年目ぐらいに「自分で考えろ」「交渉しろ」「まとめろ」などと言われたら、うまくいかなくなってつぶれるというパターンは多いです。

 こうした問題は、「うちの会社はこういう会社。あなたはこれをやりなさい」というのがはっきりしていれば、目立ちにくいのです。しかしいま、社会全体に変化が求められています。「変化するぞ。おまえ、考えろよ」と。まるで変化を強制されているようなストレスがかかり、現実の対人関係を経験する機会が減ることで、自分の発達障害的な傾向を工夫して補う、ということを経験する機会も減っています。

 こうした背景もあり、リワークプログラムには発達障害の傾向をもった人が多く来るようになりました。プログラムを実施する多くの施設でいま、発達障害の傾向を調べる心理検査をしていると思います。

――リワークプログラムを受けたい場合はどうすればいいでしょうか?

 日本うつ病リワーク協会のサイト(http://www.utsu-rework.org/home.html別ウインドウで開きます)に、プログラムを実施する施設が載っています。全国に200以上あります。近くにあるかどうか確認し、主治医に相談してみるとよいでしょう。

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<アピタル:患者を生きる・職場で>

http://www.asahi.com/apital/special/ikiru/(聞き手・武田耕太)