拡大する写真・図版 イラスト・ふくいのりこ

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 障害者差別解消法について、私が身の回りで経験した光と影を2回にわたってお伝えしている後編です。障害者差別解消法の2本柱は、「不当な差別的取扱いの禁止」と「合理的配慮の提供」であることは、前回お伝えしました。今回は、その前者にまつわる「光」のお話です。想像もしなかったようなトラブルが起きました。でも、お伝えしたいのは、その後に起きたことなのです。

 車いすの生活になって、早くも16年が経ちました。気づけば、健常者だった年数を追い越していたなんて、月日が経つのは早いものです。車いすデビュー直後は、慣れない生活に戸惑うことも多くありましたが、今ではすっかり要領を得て、人並みに活動的?な日々を送れるようになりました。けれども、ふとした出来事によって、障害者であることを思い知らされることがあります。

聞き間違いか、冗談か?

 以前、ある病院に入院をしたときの話です。1度目の入院は何事もなく終え、2年後にふたたび同じ治療で同じ病院に入院することになりました。今回は突発的なものではなく、数カ月前から予定していた計画入院です。

 入院当日の朝、事務的な手続きを済ませると、病室に通されました。ベッドで受け持ち看護師の到着を待っていると、次の言葉に耳を疑いました。

 「この病棟は、電動車いす禁止なので降りてください。」

 一瞬、私の聞き間違いか、何かの冗談かと思いましたが、そうではなく真面目に言っているようです。歩けないから電動車いすが必要だと伝えると、困った様子で「でも、規則なので」の一点張り。病院の車いすに乗り換えてもいいと言われたけれど、そういうわけにもいかない事情があります。

 骨盤がもろく折れやすい私は、きちんと自分の身体に合わせてシーティングを施した車いすでないと座ることができません。ましてや、車いすを自分でこぐことができないから電動に乗っているのであって、病院の自走式車いすでは移動もままならず、ベッド上軟禁に近い生活が予想されること必至です。

 そもそも、私が電動車いすに乗っているのは、今に始まった話ではありません。2年前の入院時もそうだし、今回の入院計画に携わっている医療者にも周知の事実です。どうして急にそんなことを言われるのか、意味がわかりませんでした。

 ただひとつ前回と違うのは、病棟の階が異なるという点です。退院して電動車いすOKの病棟が空くのを待つか、骨折リスクを覚悟して病院の車いすに乗り換えて1人で身動きのとれない入院生活を送るかの二択を迫られることになりました。結局は、電動車いすNGのA病棟ではなく、以前お世話になったB病棟の師長さんが、「電動車いすNGなんて有り得ない、うちのベッドを空けて引き取ります」と総師長を説得してくださり事なきを得ました。

菓子博でも入場拒否

 今回の件は、「電動車いすは危険」という考えから派生しました。ここ数年、根幹が同じ問題を耳にすることが増えたような気がします。2013年には、広島市で開催された「広島菓子博」で電動車いすの入場が拒否されたことがありました。昨年は、電動車いすの人が、ビール工場で試飲を断られた、という報道もありました。いずれも根っこは同じではないでしょうか。 当事者からしたら、危険なものではないし、電動車いすに乗っているというだけで様々な制約を強いられることは納得できないけれど、よく知らない人から見れば怖い乗り物という風に映っているのかもしれないと思うと、やるせない気持ちです。

 「電動車いすの入院はお断り」という今回の件。総務省ウェブサイトにあるQ&Aに照らし合わせてみると、同様の事例が障害者差別解消法の「不当な差別的取扱いの禁止」に該当していました。官公庁と事業者で義務の程度に差をつけている「合理的配慮の提供」とは異なり、「不当な差別的取扱いの禁止」は官公庁と事業者ともに「法的義務」として課されているのです。病院という公的施設で身体的弱者に寄り添うべき立場において、「電動車いす禁止」という対応は本来あってはならないことでした。

院長の説明に納得

 ところが、この話には続きがあります。この一件で病棟間に認識の違いがあることが発覚したため、すぐさま弁護士などの第三者も交えた検討会が立ち上がったのです。本来あるべき姿や、なぜ過ちが起きたのか、再発防止策などが話し合われたそうで、院長自ら子細な説明に出向いてくれました。

 ひとりの医療者の勉強不足と思い込みが一人歩きした格好で、それ以外の部署に「電動車いすNG」の思考はなかったようです。日頃から患者ファーストの病院であることを実感していたので、とても不思議に思っていたところ理由を聞いて腑(ふ)に落ちました。入院も半ばを過ぎたころ、私の3日後にA病棟に入院した電動車いすの患者さんが断られずに済んだことを知ったときは、労をいとわず病院と折衝したかいがあったと肩の荷がおりた思いでした。

 いろんな人がさまざまな考えを持つ中で、ときには意見が食い違うこともあるでしょう。そんなときに立ち止まって考えられるのは大切なことです。さらに、自らの過ちを認めて是正するのも勇気のいることだと思います。断られたことは、すごく悲しかったけれど、こういう文化をもった病院に診てもらえて良かったと思い直せる出来事でした。

「社会モデル」が浸透する社会へ

 「障害がある人もない人も、暮らしやすい社会に」ときれいごとを言うのは簡単ですが、真に実現させるには、もうすこし時間がかかりそうな現状があります。障害者差別解消法は、本質を理解していない人からは、障害者を特別扱いしていると見られがちです。それは、障害は個人に属するものという医学(個人)モデルの考え方が、私たちの社会に染み付いているからかもしれません。

 しかし、時代は「社会モデル」です。社会モデルとは、歩けないなどの障害自体が障害なのではなく、障害者をはじめとしたマイノリティーを無視した社会こそが障害だ、という考え方です。社会的障壁となるバリアーを取り除くのは、社会の責務であるという考え方も含まれます。

 今は健康でも、近い将来、病気で身体が不自由になるかもしれない。明日、交通事故に遭うかもしれない。そして、誰もが老いを避けては通れません。自分が不自由な身体になったとき、我慢を強いられる社会を望むのかーー。社会モデルが浸透したときにこそ、真の理解が得られるような気がします。

<アピタル:彩夏の“みんなに笑顔を”>

http://www.asahi.com/apital/column/ayaka/(アピタル・樋口彩夏)

アピタル・樋口彩夏

アピタル・樋口彩夏(ひぐち・あやか)

1989年、東京生まれ。中学2年の時、骨盤にユーイング肉腫(小児がん)を発症。抗がん剤、重粒子線などの治療を経て、車いすでの生活に。「いつ、誰が、どんな病気や障害をもっても、笑顔で暮らせる日本にしたい!」を目標に日々、奮闘中。当事者の視点から建設的に伝えることをモットーに執筆・講演も行っている。