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 オリンピックだから、と特別意識することはない。「楽しむことが最優先」。そう堂々と言えることが、大池水杜(みなと)さん(23)の一番の強さかもしれない。

 東京五輪に新種目として採用される自転車BMXフリースタイル・パーク。2018年の仏ワールドカップ(W杯)に参戦し、男女を通じて日本人で初めて優勝した。全日本選手権は3連覇中。五輪出場は確実視されている。

 拠点とする「Degoo BMX Park」は、日本代表の出口智嗣監督(42)が競技の普及のため地元・岡山市につくった。高さ2メートルほどのジャンプ台や急な斜面が整備されており、大池さんはここで普段は1人で練習し、男子選手に混じって自ら技を磨く。

 直径20インチのBMXで、空中で両手を離すノーハンドや、大技のバックフリップ(後方宙返り)を繰り出す。169センチの身長を生かしたノーハンドは、指先までこだわり、鳥が羽ばたくようなスケールの大きさだ。1分間にどれだけ難しいトリック(技)を華麗に決めるかを競う。

 いつもは飄々(ひょうひょう)としているが、BMXにまたがると別人のような表情に変わる。「みんなが自分だけを見てくれているって感覚が最高。応援がたくさんあった方が私は飛べるかな」

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 静岡県島田市で育った。父の武夫さん(57)は大の二輪好きで、後ろに乗せてもらい、幼い頃からモトクロスバイクに親しんだ。

 BMXとの出会いは14歳。県内のパークで、ジャンプ台から飛ぶ少年たちをたまたま見た。「自分の方がうまく乗れる」。負けず嫌いの気質が騒いだ。インターネットの動画を見たり、先輩をまねたりして、練習に没頭した。

 15年に高校を卒業し、神奈川県の建設会社に就職。趣味で週末を中心にBMXを続けていたが、翌年、「誰かにみてほしい」とインスタグラムに写真や動画を投稿し始めた。

 しばらくたって、英文のメッセージが届いた。世界最高峰の賞金大会「Xゲーム」に参加しませんか? レジェンドとも呼ばれる米国人女性ライダーの誘いだった。驚きはもちろん、「見てもらえていたんだ……」と感激した。

 渡米し、世界トップクラスと飛んだ経験が大きな自信になった。翌年もXゲームに招かれ、会社を辞めた。国際舞台を渡り歩く日々が始まった。

 BMXが東京五輪の正式種目に決まったのは、その頃のこと。周囲に「チャンスには乗っかるよ」と軽く言ったが、五輪を目指してやってきたわけではない。冷静にとらえていた。

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 W杯を制して以降、激しくなる一方の上位争いの中、出口監督には、大池さんが楽しむことを忘れているように見えることもあった。拠点を岡山へ移すよう勧めたのも、BMXが根付いた土地に腰を据え、本気で取り組んで欲しいとの思いからだ。

 18年、岡山へ移り住んだ大池さんは文字通り、BMX一色の生活になった。出口さんが整備を進めたジャンプ台は日本では有数の高さがあり、大会で物おじすることがなくなった、という。翌19年4月、地元企業「ビザビ」と所属契約を結び、日本唯一の女子プロライダーになった。

 街中で声をかけられる機会も多くなり、全日本選手権への女性ライダーの参加もわずかずつだが増えている。そんな中で迎える五輪は、第一人者として競技を盛り上げていく役割を果たすには、この上ない舞台だ。責任は感じつつも、「根本は遊び。楽しんだもの勝ち」。自分が結果を出せば、すべてついてくる。そう信じ、飛ぶ。(華野優気)