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 25年前の阪神・淡路大震災の直後。被災者であふれる神戸の避難所には、合唱曲「しあわせ運べるように」が流れた。家族や家を失った人たちの心に、子どもたちの歌声が届いた。25年がたとうとするいまも歌い継がれ、その調べは人々の胸に響いている。

 「神戸市中央区、ナカヤマノリコ、29歳」。握りしめた携帯ラジオから突然、姉の名前が聞こえた。息が止まった。犠牲者の名前を読み上げるアナウンサーの声は、ずっと流れていた。

 阪神・淡路大震災が神戸の街を襲ったあの日、神戸市東灘区の会社員、中山剛(つよし)さん(51)は旅先の高知から故郷へ急いでいた。

残った家族を守らなあかん

 当時26歳で、パン店の仕事を…

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