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 一周400メートルのトラックを、サングラス姿の選手が伸びやかなフォームで駆けぬけていく。154センチと小柄だが、直線で加速してぐんぐん歩幅を伸ばし、減速せず巧みにコーナーを回る。東邦銀行(本店・福島市)の佐々木真菜選手(22)はコースの白線がぼんやりと見えているが、頼りにするのは自分の身体感覚。白線を踏み越えず、全力疾走でコーナーを回っていく姿は、ハンデなどまるで感じさせない。

 福島市出身。生まれつき目に入る光の量が調整できない「無虹彩症(むこうさいしょう)」で、視界はすりガラスを通したように白くぼんやりしている。

専門のパラリンピック陸上女子400メートルでのクラス分けは「視覚障害T13」で、三つあるクラスの中で最も障害の程度が軽い。日常生活に大きな問題はないが、小学校の普通学級では周囲になじめず、1人でいることが多かった。

 小学5年の時、担任の女性教諭に誘われて市の陸上大会に出場すると、女子800メートルで2位になった。障害の有無に関係なく参加でき、ルールが分かりやすく、ゴール前のデッドヒートに興奮した。走る楽しさを知った瞬間だった。

 県立盲学校(現・視覚支援学校)に進み、中2から本格的に陸上の練習を始めたが、東京電力福島第一原発事故があった。外での練習は減り、屋内のランニングマシンで鍛える機会が多くなった。

 それでも高等部で、マレーシアで開かれたアジアユースパラ選手権の800メートルと1500メートルで優勝した。高校1年の時、東京五輪・パラの開催が決まり、もともと中距離が専門だったが、「視覚障害T13」に種目がなかった。そこで、現在の専門である400メートルに転向するほど、パラリンピックへの思いは強かった。

 卒業後は「陸上を続けたい」という思いから、県内有数の練習環境が整う東邦銀行に入社した。午前中は事務の仕事をこなす一方、午後に福島大学(福島市)のグラウンドでトレーニングを重ねている。

 「速くなるには、障害の有無は関係ない」が、指導する川本和久監督(62)の考えだ。高校までは一人で練習することが多かったが、入部時から健常者の選手と同じメニューをこなす。視力の弱い佐々木選手に合わせ、川本監督やコーチは「最初の5歩はぐんぐんぐん、と地面を踏んで」などと擬音を多く使って指導し、並走して走りのリズムを感覚的に教えている。

 社会人になって腕を振るフォームやリズム、スターティングブロックの使い方、加速する時の姿勢などを専門的に練習した。高校時代に64秒台だった400メートルの記録は入社後の3年で約6秒縮めた。

 川本監督は「伸び率がすごい。練習で出た課題をきっちりクリアして、走るたびに記録を更新していく。障害と闘ってきた強さのある彼女だから、できたのかもしれない」と評価。佐々木選手も「東邦銀行に入ってから、技術的、精神的に成長したと感じる。自分にはできないことがたくさんある。それを一つひとつ克服して、レベルが上がっていくのがうれしい」と話す。

 昨年11月にドバイであった世界パラ陸上選手権では58秒38で4位となり、東京パラ代表の内定を勝ち取った。ゴールした時は自分の順位がわからず、インタビューで内定を知ったという。帰国後の記者会見では内定を「うれしい」と喜びつつも、「メダルを逃して悔しい気持ちのほうが大きい」と飽くなき向上心を見せた。

 パラには特別な思いがある。小5の時に陸上を好きになるきっかけをくれた先生が、大会のあと「将来、パラリンピックに出られたらいいね」と障害者の五輪があることを教えてくれた。先生は翌年、卒業式の前に白血病で亡くなった。「いつか恩返しのためパラに出て、自分と同じように障害を持つ子たちに『スポーツって楽しいんだよ』って伝えたい」との思いを持つ。

 現在、自己ベストの58秒08はアジア記録だ。世界記録(54秒46)とは大きな開きがあるが、昨年11月の世界選手権で上位3人はいずれも57秒台だった。前半の加速を改善すれば、届かない記録ではない。

 東京パラリンピックの女子400メートルT13の決勝は9月5日、新装された国立競技場である。「57秒、56秒台を出し、金メダルを取りたい」と決意する。(飯島啓史)