【動画】宴を盛り上げ続けて40年超 早稲田大「バンザイ同盟」=佐藤恵子撮影
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 即位を祝う式典で延々と繰り返された「天皇陛下万歳」。あの光景を見てから、万歳が気になり始めました。両手を上げる。それだけの動きですが、気持ち良く感じるときもあれば、違和感を抱くことも。なぜか、人それぞれに、その時々に、印象が変わります。あちこちを訪ね、歴史もさかのぼり、いくつもの「万歳」を集めてみました。みなさんにはどう映りますか。

全力8分間 幸せ届ける 早大のサークル「バンザイ同盟」

 忘年会真っ盛りの今月中旬。東京都内の日本料理店で宴を楽しむ約50人の前に、法被姿の学生5人が現れました。「忘年会があると聞いて、いても立ってもいられず、都の西北、早稲田の森からやってきた次第です!」

 腹の底から響く声でパフォーマンスを始めたのは、早稲田大学のサークル「バンザイ同盟」。キューピー人形などを手がけるオビツ製作所(東京都葛飾区)が「景気づけに」と忘年会への出演を依頼しました。

 サークル創立から40年以上をかけてつくり出してきたバンザイは、768種。えりすぐりのバンザイが大広間で次々と繰り出されます。

 3番目は「朝日のバンザイ」。全種類の中で2番目に美しいとされます。「オビツ製作所さまの輝かしい栄光を象徴して……」。口上に続いて、縦一列に並んだ5人は千手観音のように少しずつ角度をずらしながら両手を上げ下げしました。その姿は輝く光のようにも見えました。

 「うーみよー、おれのうーみよー」。次の「大海原バンザイ」では加山雄三さんの名曲を熱唱しながら、全身で大波を表現。ただ、このバンザイは過去に客席から「バンザイじゃない」とヤジを飛ばされたこともあるそうです。確かに、バンザイの動きには見えない気も……。

 キューピー人形などをイメージした創作バンザイ2種も披露すると、あっという間に大詰めへ。最後は基本形の「同盟式バンザイ」です。

 まずはメンバーが「だめなバンザイ」を説明。覇気のない顔、たるみきった腕、外側を向いた手のひら。見本を見せてこう注意しました。「これがバンザイ業界で最もやってはいけないバンザイです」

 続いて「足は肩幅、脇の角度は166度。腕は緩くカーブを描き、4本の指はしっかりくっつけ、幸せをとりこぼさないようまあるく作ります。そして、最も重要なのは笑顔」。社員も立ち上がり、全員で一緒にバンザイ三唱。この日一番の大声が響きました。

 大きな拍手のなか、社長がメンバーの前へ。感激したのか、おひねりが手渡されました。

 8分間の公演を終えて控室に戻ったメンバーの声はかれ、ぐったりした様子。どっと疲れるそうです。そこまでして、なぜバンザイを続けるのでしょうか。聞いてみました。

 「違う自分になれるから」「気持ちいいから」「仲間が好きだから」

 そして、サークルでは政治的な意味合いを含んだ「万歳」ではなく、喜びや祝福を表す「バンザイ」を目指しているのだそうです。

 と、さっそく次の依頼が舞い込んできました。この宴会に来ていた取引先の人から、自社の忘年会への出演依頼でした。「場を盛り上げる」活動はさらに続きます。(佐藤恵子)

両手あげるしぐさ、「降参」の方が古株

 万歳が公的な場で初めて唱和されたのは、1889年2月の大日本帝国憲法発布式典の際の「天皇陛下万歳」だったとされます。声を発して両手をあげる簡単な身ぶりが発案されたわけですが、少し不思議な気がしませんか。「両手を上げる」のは世界でも、普通「降参する」「屈服する」というポーズだからです。

 国語辞典編纂(へんさん)者の飯間浩明さんに聞きました。古典には「手を上げる」という慣用句があり、例えば室町時代の「玉塵抄」には、「手を上げた」が「お手上げの状態になった」の意味で使われているそうです。飯間さんは「明治に『万歳』と両手を上げ始めるずっと前から、手を上げるポーズには降参、お手上げの意味がありました」と言います。

 一方で、「万歳」という祝福のかけ声は古くからあったようです。平安時代の儀礼書「貞観儀式」には、天皇即位に「旗を振り万歳を称う」とあり、手を上げない「万歳」(読み方はバンゼイか)がお祝いの席で発せられていたとのことです。

 ともあれ明治以降、祝意を表す万歳は降参・屈服と全く同じ、手をあげる身ぶりを取るようになりました。1943年に出版された絵本「ポツン島タンケン」は南海の島に飛行機で不時着した主人公が、島を「リッパニ」するのに手を貸し、現地の少年たちに喜ばれる話です。日の丸の旗を囲み「ポツン島ハ ニッポンノクニニ ナルノダ」と子どもたちが万歳をする絵柄があり、日の丸に感謝しているように見えます。

 明星大学准教授の向後恵里子さんは、「当時は新聞や雑誌にも、軍が侵攻した土地で現地の人たちが万歳をする姿が載っています。現実は侵略でも、それを見る国民は、彼らの心は日本とともにあり、日本の統治を歓迎しているのだと受け取ったのではないでしょうか」と話します。

 戦後になって「万歳」は軍国主義的な意味を薄め、さまざまな場面で使われるようになります。昭和のB級映画に詳しいライターの藤木TDCさんは、クレージーキャッツが主演した東宝の「ニッポン無責任時代」(1962)などのシリーズで、踊りながら両手をあげるバンザイポーズが多く見られることに注目します。「映画には戦後の貧しい人々や町並みは登場せず、高度経済成長のムードがいっぱい。戦前への回帰を意味する『逆コース』という言葉が使われなくなった時代とも重なります。バンザイは64年の東京五輪の頃には、大衆歓喜のアクションとして定着したのでしょう」(中島鉄郎)

運動会の締めにびっくり

 身近なところで「万歳」を意識したのは7年前、子どもが入学した東京都内の区立小学校の運動会でした。

 すべての競技が終わり、紅白両組の勝敗発表に続く、PTA会長のあいさつ。児童の健闘をねぎらった後、「地域と学校の発展を祈念し、全員で万歳三唱をして終わりましょう」。そこで紅白帽、体操服姿の全校児童が万歳三唱をしました。「○○小学校、バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ」。見た瞬間、全身に違和感がつたいました。明治憲法下で唱和された「天皇陛下万歳」が即座に想起されたからです。

 まわりでは、「一斉に万歳するって気持ち悪いよね」という親もいましたが、多くは「別にいいんじゃない」。こんなにも受け止めが違うのか、と驚くばかりでした。

 次の年、予行演習を見に行きました。6年生の男児が閉会式で掲げる校旗に向かって、児童が全員で「立ったまま敬礼」。直立不動で万歳三唱。手のひらを前方に向けると「降参」のポーズになってしまうため、「手のひらは内側に」「腕はまっすぐ真上へ」と指導する先生たち。炎天下、「手の上げ方が悪い」と何度もやり直させられる児童たち。

 そこまでやるか? 誰のための万歳? 子ども自身が意味も知らないまま、一体感を醸成するお決まりのポーズとして教育現場で便利に使われていないか?

 自宅で子どもに話をふってみると、やはり先生から万歳についての説明はなく、「やれと言われるからやっているだけ」と言います。結婚式や忘年会じゃあるまいし、「意味もわからないままの万歳だったらやらなくていいよ」と伝えました。

 当時、区内の他の小学校に聞いてみると、「やっていない」と答えた学校がほとんど。校長の裁量に任されているようでした。開校からの歴史が比較的長い数校のみで万歳が行われていました。

 そんな疑問をPTAの集まりでぶつけてみたところ、「そういう意見もあるんですね」とけげんな表情でスルーされ、いまも毎年、運動会での万歳は続いています。(松村愛)

ゴールの瞬間 3回が節度

 フォーラムメールにいただいた声の一部を紹介します。

●連呼の現場では失笑も

 天皇陛下の即位を祝う国民祭典の場に居合わせました。延々と続く万歳にものすごく違和感を感じ、笑ってしまいました。周りからも失笑が漏れ、手を上げる人も少なくなっていきました。変な感じの万歳三唱でした。(66歳、男性)

●「皆一緒」の雰囲気が異様

 万歳を見て「異様さ」を感じ、なぜかと考えていました。おそらく「皆一緒」という雰囲気が異様なのかなと思いました。お祝いする気持ちは人それぞれなのに主催者側の「万歳」の後を追って言う。でも、軍隊のようにそろっているわけではないので、余計に違和感しか感じない。(42歳、女性)

●マラソンゴールで自分に万歳

 記憶の限り、他人のために万歳をしたことはありません。自分に向けては、定年退職してから始めたマラソンで無事にゴールした瞬間に両手を上げています。(70歳、男性)

●不気味さと恐怖感

 万歳が連呼された光景は不気味さを覚えました。記憶の中の万歳三唱は、小学生の頃の運動会終了時に教頭による音頭での発声です。その後の記憶はありません。親たちが戦争犠牲者なので、あの三唱には恐怖感です。(65歳、女性)

●最高の気持ち表す形ですが……

 日本の万歳は体の全部を使い、空に向かって伸ばします。最高の気持ちを表すにはもってこいの形です。登山家が山頂で万歳をやるのもその表れ。誰かに向かって「おめでとう」を表現する万歳は3回くらいまでが節度です。ずっと言い続けると他の意思が感じられ、おかしなものになってしまいます。(70歳、男性)

●「戦前回帰」と「同調圧力」

 テレビのニュースで「万歳!万歳!万歳!…」と続く映像を見て、えたいの知れない不気味さを感じました。あの時に感じた不穏さは「戦前回帰」と「同調圧力」なのだとわかりました。(55歳、女性)

●お祝いの気持ちを共有

 いまの万歳は、祝い事がある時に日本人の誰もがイデオロギーを超越して、自然発生的についつい口から出る「お祝いの気持ちの共有感」を表す日本語です。万歳連呼にはやや違和感を感じましたが、決して不快ではなく、私もお祝い気分につられて「万歳」を続けて口走ってしまいました。(73歳、男性)

●会社の宴会でやらされた

 親から戦争の話を聞かされて育ち、万歳には出征兵士を送る場面に代表される陰惨なイメージがあります。前に勤めた会社の宴会では、大株主の会社から天下りしてきた役員の音頭でシメの万歳三唱をさせられ、ものすごく不愉快だったことがありました。(58歳、男性)

●やむを得ない時だけ付き合う

 「天皇陛下、万歳」と聞くと嫌悪を感じます。そのためか、万歳をすることに抵抗感があり、やむを得ない時だけお付き合いしてやることがあります。(75歳、男性)

●しつこいと違和感

 「万歳連呼」は回数の多さに違和感を覚えました。しつこく回数が増えるにつれ、違和感が大きくなりました。(64歳、女性)

バンザイ、叫んでみました

 唱和の回数、発声する人の数、万歳の前にくっつける言葉……。それらによって印象がさまざまに変わるのが、万歳なのだと思いました。そんな取材のさなか、会社の忘年会が開かれ、シメに万歳三唱の音頭をとるように先輩記者に命じられました。せっかくなので、取材させてもらった早稲田大学バンザイ同盟式のバンザイを紹介して、60人ほどの同僚たちとやってみました。来年も良い記事を書けますように。そう願って叫んだバンザイは、なかなか気持ちよいものでした。(佐藤恵子)

いろんな「万歳」に出会った

 おおっ、こんなとこにも「万歳」があった。万歳についていろいろ調べていて見つけました。「山里は 万歳遅し 梅の花」(芭蕉)。山里では梅の花が咲く冬の最中、心の中で春の兆しが見つかって「バンザイ」と叫ぶことよ……などと迷読解をしていてバカさに気づきました。この「万歳」は「まんざい」で、新年を祝い、歌に合わせて舞をする伝統芸能のことだそうです。1月の季語で、今の「漫才」もこの語から発展したというのです。いろんな「万歳」に出合った取材でした。(中島鉄郎)

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