大声で討論、その夜に… 仁左・玉が語る歌舞伎の未来

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編集委員・藤谷浩二
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笑顔で語り合う片岡仁左衛門さん(右)と坂東玉三郎さん(東京都内、松竹提供)
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 半世紀にわたって共演を重ね、「孝夫・玉三郎(孝・玉)コンビ」「仁左衛門・玉三郎(仁左・玉)コンビ」と呼ばれ、多くの歌舞伎ファンを魅了し、数々の名舞台を生んできた片岡仁左衛門さんと坂東玉三郎さんが、来し方や歌舞伎の未来について語り合った。少年時代の出会いの第一印象や歌舞伎人気が低迷していた修業時代の思わぬ苦労話から、そろって当代きっての名優へと至る道のりをなごやかに回顧。話題は2012年に早世した盟友・中村勘三郎さんとの思い出や、次代を担う後輩たちに伝えたい芸のあり方の神髄へと及んだ。

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片岡仁左衛門さん=松竹提供

 仁左衛門 こういう形でしゃべるのって何十年ぶりだろうね。

 玉三郎 ずっとなかったですね。

 ――初共演されてから半世紀になります。当初はこれだけ長い間コンビが続くと想像していましたか。

 玉三郎 想像していなかったですね。

 仁左衛門 考えてもいなかった。玉三郎さんを初めて見たのは東横ホールの「子は鎹(かすがい)」(1961年)で、名前はまだ坂東喜の字でした。「わあ、しっかりした子やな」と。私が十代後半で、そのころの六つ違いというのは大きいから。

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坂東玉三郎さん=松竹提供

 玉三郎 私は11歳、あなたが17歳ぐらい。

 仁左衛門 それが第一印象で…

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