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 東京五輪のセーリング競技会場となる神奈川県藤沢市の江の島。海上は微風だ。それまで浮かんでいた大型のヨットが進み始める。フィン級の西尾勇輝さん(22)が、全身を使ってセール(帆)をあおぐようにして風をつかむと、ぐんぐんと加速した。

 すると今度は、スピードを落とさず、素早く方向を変えた。自在にヨットを操る。その動作は力強く、迫力満点だ。「風、波、潮の状況を読み、予測する。自然を使ったおもしろい競技です」。日焼けした顔をほころばせた。

 和歌山市出身。セーリングとの出会いは、小学3年の春だった。「野球を始めようかと考えていた」。父親の正也さんに連れられて、同市の和歌山マリーナシティで開かれたセーリングの体験会に参加した。和歌浦の風の中をヨットで走る心地よさ、海上から見える和歌浦の景色の美しさに心を奪われた。最後に主催側から「次も来たいですか」との問いかけに、手を思いっきり挙げていた。「B&G和歌浦海洋クラブ」に入り、セーラーの第一歩を歩み出した。

 練習を続けつつも小学生のころは、五輪出場や世界大会で競うことまで思い至っていなかった。はっきりとしていた将来の夢は、医者。小学校の卒業アルバムの寄せ書きには「みんなに信らいされるお医者さんになる」と書いた。

 県立桐蔭高校に入学し、1年時の国体少年男子で3位に。18歳以下日本代表に選ばれ、世界選手権で結果を残すと東京五輪出場を本格的に目指すようになった。セーリングの強豪国・オーストラリアのコーチの目に留まり、指導すると声をかけられた。さらなる成長を求め、2年時に留学。1年間、パースでホームステイしながらセーリングの練習と英語の習得に明け暮れた。医学の道も譲れない。掲げたのが文武両道だった。

 帰国後、和歌山国体出場を逃すと、勉強にシフトした。今度は1年間セーリングを休み、受験勉強に集中した。身につけた英語も役立った。2017年春、県立医科大学に入学した。

 身長190センチの恵まれた体格だが、レーザー級の小型ヨットに乗るためには体重制限をしなければならなかった。体の大きさを生かし、ひとまわり大きいフィン級に転向した。フィン級のヨットをそろえる練習環境はそうないが、和歌山セーリングセンターに企業チームのヨットがあったのが、幸いだった。「その時々のタイミングで恵まれた」

 セーリングはヨットの購入や移動など費用がかかる競技でもある。大会後の懇親会で名刺を配ったり、自身の紹介資料を作ったりしてスポンサー集めにも奔走した。そのおかげで、支援先も出てきてくれた。うれしい気持ちを忘れまいと、購入した自身のヨットに、支援先にちなんだ名前をつけた。

 日本セーリング連盟の斎藤愛子さんは西尾さんについて「記憶力に優れる。レースをしながら、それまでの走りがどういう状況だったかを分析して、戦い方を修正・選択できる」。中学3年と高校時代に指導した県教委の高橋航さんは西尾さんについて「誰とでも打ち解け、人を集めるのがうまい。積極的に取り組む姿勢が、セーリングにも生きている」と話す。

 今、大学を休学して、セーリングに集中する。「五輪に出場、活躍することで、セーリングを日本でメジャーな競技にしたい。そして、文武両道は可能だということを証明したい」。強い思いで、五輪を見据えている。(山田知英)

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 〈セーリング〉 セール(帆)のついたヨットを操作し、海面に設置されたブイを決められた順序通りに回って速さを競う。

 ヨットの全長が4・7メートルで選手2人で操る470級、全長4・51メートルのヨットを男子選手1人が操るフィン級、小型のヨットに選手1人が乗るレーザー級、レーザーラジアル級などの種目がある。

 風や波、潮の流れなど変化する自然条件を見極め、それに合わせてヨットを操作する技術が求められる。コース取りなどの戦略、2人で操作する時のチームワークなどが見どころだ。