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 それは直感だった。19歳で初めて東北を訪れた時、漫画家の宮下(25)は岩手に恋をした。千葉から盛岡に移り住んで6年。別の仕事をしながら、都道府県を「擬人化」した人物が活躍する作品を発表している。

 これまで東北6県や北海道をキャラクターにした同人誌2冊を発行した。登場する人たちが芋煮会や祭りなど文化の違いで盛り上がったり、歴史をたどったりする。「岩手」は、性格の穏やかな長身男性として描いた。

 登場人物をデザインするとき、土地のイメージが定まっていないと、名物を模した装飾品などでごまかしてしまいがちだ。「私も板につくまで随分時間がかかった。登場人物がみんなTシャツにジーンズ姿だとしても、今は各県の違いを出すことができます」

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 高校生の頃から擬人化の創作を行っていた宮下。初めて盛岡に降り立ったとき、宮沢賢治「ポラーノの広場」の一節が頭に浮かんだ。「『夏でも底に冷たさをもつ青いそら』という言葉がしっくりきた」

 翌年の2014年、専門学校卒業を機に盛岡に移住した。実家の千葉から盛岡まで500キロ超。両親は「好きにしなさい」と送り出してくれた。

 ツイッターに作品を投稿すると、「ほかの作品よりもなまりが自然」「読んだおかげで旅行が楽しくなった」などの感想が集まるようになった。18年にはフォロワーが6千人ほどに増え、大手出版社からイラストの仕事が舞い込んだ。

 だが、宮下は18年秋にツイッターをやめ、ホームページ(HP)も休止した。「多くの人に見られることに疲れてしまって」。感想の良しあしにかかわらず、作品を投稿すると洪水のようにコメントが寄せられることに、心が押しつぶされそうだった。

 漫画はきっぱりやめて、別の趣味を見つけようと思った。しかし、気がつけばペンを握っていた。絵の代わりになるようなものはない。それが分かった。

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 19年5月にHPで活動を再開した。ツイッターをやっていたころと比べ、読者は減ったが「今くらいがプレッシャーにならずちょうどいい」。同人誌の3冊目は宮城が中心のストーリーを計画している。

 作品作りのため、言葉遣いや食文化、文化の違いなどを徹底して調べる。土地の歴史を取り上げる場合は、事実に沿うように現地や資料館へ赴いて取材する。休みの度に県内外へ足を運んでいるが、常に新しい発見がある。ただ、車を持たない宮下にとって、本州一の面積を誇る県内の移動は楽ではない。「岩手、縮め!って念じてます」と笑う。

 まだまだこの土地を離れるつもりはない。「岩手は歴史に翻弄(ほんろう)されながらも、何度も立ち上がってきた。そんな泥臭さが好きなんです」。よそ者だから気付ける魅力を自分のペースで発信し続ける。「その土地を知るには、人の一生は短すぎる」=敬称略(御船紗子)

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 みやした 1994年に大阪で生まれ、専門学校卒業まで千葉市で過ごす。自身のホームページ「東北ハイライト」で漫画作品を発表。ツイッターで1万3千人のフォロワーがいる人気アカウント「おいでよ岩手」のアイコンやLINEスタンプなども手がける。