[PR]

慶応大大学院政策・メディア研究科教授の田中浩一郎氏

 イランの軍部は当初、ミサイルによる撃墜の事実を隠し通す方針だった。しかしネット上で墜落現場での地対空ミサイルの部品とみられる画像が出回り、隠蔽(いんぺい)は不可能と判断したのだろう。認める時機としてはウクライナから事故調査団を受け入れた後という選択もあったが、早期に認めた理由として、二つ考えられる。

 一つは、1988年のペルシャ湾でイラン航空機が米イージス艦のミサイルで撃墜され、290人が死亡した事件だ。米国は当初すぐに誤射であることを認めなかったため、イラン政府はその後、約30年間、繰り返し事件に言及し米国を非難してきた。もし今回の撃墜の隠蔽が長引けば国家としての対外的信用も損ない、今後のあらゆる外交に悪影響を及ぼすと考えたのだろう。

 もう一つは、イランでは昨年末にかけてガソリン値上げを契機にした反政府デモが広がり、政府が鎮圧して多数の死傷者が出るなど、国民の不満が高まっていた。米軍によるソレイマニ司令官の殺害で国民の意識が米国など外に向かっていただけに事故処理を誤れば国民感情に再び火が付くと恐れたことも早期に認めた理由と考えられる。

 今回の件でも、米軍が駐留するイラクの基地への報復攻撃でも示されたが、注目すべきは最高指導者のハメネイ師周辺の外交バランスだ。ソレイマニ司令官の死で高揚する軍部を抑え、ある種のシビリアンコントロール(文民統制)が機能しているともいえる。(聞き手・伊藤喜之)