拡大する写真・図版焼け野原になった街を撮影する松崎太亮さん(1995年1月18日、神戸市、本人提供)

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 「まるで空襲が神戸を襲ったよう」。阪神大震災直後の神戸を撮影した市職員の松崎太亮(たいすけ)さん(60)は、そうリポートした。火の粉が舞うがれきの街を歩き、思わず「戦争」を想起した。25年後の今、再び現場を歩いた松崎さんが感じたこととは――。

【動画】阪神・淡路大震災で映像を撮り続けた神戸市職員の松崎太亮さん。震災の傷痕は今…現場を歩いた=西田堅一、西村悠輔撮影(ナレーション:高橋大作)

 神戸市・三宮の東にある灘区の住宅街。1995年1月17日午後2時過ぎ、松崎さんはこの地を撮影に訪れ、沈んだ声でこうリポートした。

 「戦争を知らない自分が、こんな形で神戸のがれきの街を歩くとは、考えてもみませんでした。災害は突然やってきました。やってきて、神戸を空襲の跡みたいにしてしまいました」

なぜ「戦争」の言葉だったのか

拡大する写真・図版「戦争を知らない自分が、こんな形で神戸のがれきの街を歩くとは考えてもみませんでした」。神戸市灘区の現場で松崎太亮さんはそうリポートした=松崎さん撮影の映像から

 59年生まれの松崎さんは戦争を経験していない。なぜ「戦争」だったのか。

 95年は戦後50年の節目の年…

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