【動画】阪神・淡路大震災から25年。1.17「あの日」何があったのか
[PR]

 1995年1月17日、阪神・淡路大震災が起きました。国内ではその後、大きな地震や豪雨が相次ぎ、「大災害時代」の始まりを告げたといわれたこの震災は、どのようなものだったのでしょうか。

Q 地震の特徴は?

 A 45年に終戦を迎え、高度経済成長を経たあと、初めて大都市を直下からおそった地震だった。発生は午前5時46分で、震源は兵庫県・淡路島北部。人口約150万人の神戸市をはじめ県内の4市と淡路島で、震度7が史上初めて適用されたよ。

Q 被害はどれくらい?

拡大する写真・図版地震で倒壊したビルが道を塞いだ=1995年1月17日、神戸市中央区

 A 強い揺れや火災で全半壊した住宅は約25万棟に上ったほか、高速道路が横倒しになり、新幹線の高架橋も落ちた。死者は6434人、負傷者は約4万4千人に達した。大けがで後遺症が残った「災害(震災)障害者」も少なくとも約350人はいる。

 耐震基準が厳しくなる前に建てられた古い木造家屋に被害が集中。地震そのもので「直接死」した人の約8割が、倒れた建物や家具の下敷きになったといわれているんだ。

 寒い避難所での生活で体調を崩したり、病院が被災して入院中に治療が中断したりして亡くなる「災害(震災)関連死」も起きた。犠牲者のうち900人以上が関連死だったよ。

拡大する写真・図版炎に包まれる住宅から避難する人たち=1995年1月17日、神戸市長田区

Q 家を失った人はその後どうしたの?

 A 多くの人は避難所からプレハブの仮設住宅に移り、さらに復興住宅に転居した。住み慣れた地域を離れて知人がおらず、死後しばらくして見つかる孤独死が相次いだ。県外に避難したまま、戻れなかった人もいるんだ。

Q 支援はあったの?

 A 地震発生から1年間で、のべ約138万人のボランティアが活動し、避難所での炊き出しや、仮設住宅で暮らすお年寄りの見守りをした。その後の災害でも欠かせない存在になり、95年は「ボランティア元年」と言われている。

Q いろいろなことが震災で変わったんだね。

拡大する写真・図版根元から折れ横倒しになった阪神高速=1995年1月17日、神戸市東灘区

 A 耐震改修促進法ができ、国や自治体は住宅をはじめ、学校や病院といった多くの人が集まる建物の耐震化を進めてきた。全壊や大規模半壊した住宅の再建に支援金を給付する被災者生活再建支援法、ボランティア活動を後押しする特定非営利活動促進法(NPO法)も、この震災がきっかけでできた。

Q 復興は終わったの?

 A 震災後、神戸市を含む3市の計6地区で、復興市街地再開発事業が進められた。最後の1カ所、神戸市の新長田駅南地区で、2月に完了する予定だ。街の復興には長い時間がかかるし、大切なものを失い、傷ついた被災者の心は元には戻らない。

Q 最近も強い地震が続いているね。

 A 震度7の地震は2011年の東日本大震災のあと、16年に熊本、18年には北海道で起きた。東京を中心とした首都直下地震は、今後30年以内に70%の確率で起きるとされる。災害を自分の身に降りかかることと考え、日ごろの備えを家族で話し合ってほしいな。(千種辰弥)