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 プロ野球阪神の藤本敦士・1軍内野守備走塁コーチ(42)は阪神・淡路大震災が起こった25年前、兵庫・育英高の主将だった。

 「25年という節目の日ですが、日本で大きな地震が起こるたびにあの日を思い出します。経験した者として語り継いでいかないといけない。風化させてはいけない」と語る。学校は被害の大きい神戸市長田区にあった。チームが前年秋の近畿大会で4強入りし、春の選抜大会出場を確実にしている中で震災が起こった。

 部員の自宅が全半壊し、学校の体育館は避難所となった。「野球ができる状況ではなかった」。練習もほとんどできなかった。一方で被災者同士で食べ物を分け合うなど、「人の温かみを感じました。1人では生きていけないと感じた出来事でもあった」。後に選抜大会の開催が決まり、甲子園でプレーできるありがたみをかみしめた。

 この日、2軍の鳴尾浜球場では選手や球団職員らが黙禱(もくとう)を捧げた。藤本コーチは「あの時、野球ができることへの感謝があった。震災後に生まれた新人選手たちにも、こうしてプレーできる幸せを感じてほしい」と言葉を贈った。(伊藤雅哉