【動画】東京・世田谷一家殺害事件 遺族が現場の家の内部を一部メディアに公開=鬼室黎撮影
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 2000年暮れに起きた東京・世田谷一家殺害事件の現場となった家の内部を、遺族が18日、朝日新聞などに公開した。保育園児や小学生まで家族4人が殺された事件は社会に大きな衝撃を与えたが、未解決のまま19年がたった。昨年、遺族は老朽化した家の取り壊しを警視庁から打診され、決断を迫られている。報道公開を決断した入江杏さん(62)は、「事件が忘れられていく中で、現場を取り壊してしまっていいのか。このまま何もせずに家を壊してしまうことはどうしてもできない。4人が狭い家で、つましく一生懸命生きていたことを、4人の人生の肌触りを知ってほしかった」と語った。

拡大する写真・図版左から宮澤泰子さん、みきおさん、礼君、にいなさん。礼君の2歳の誕生日に(1996年、泰子さんの姉の入江杏さん提供)

 公開されたのは、東京都世田谷区上祖師谷3丁目にある会社員宮澤みきおさん(当時44)宅。みきおさんと妻の泰子さん(同41)、長女にいなちゃん(同8)、長男礼君(同6)の一家4人が暮らし、隣接する家に、泰子さんの姉の入江杏さん一家と姉妹の母が暮らしていた。当時、英国と行き来していた入江さん宅のリビングで、泰子さんが学習塾を開き、たくさんの親子が出入りするにぎやかな場所だったという。

拡大する写真・図版事件現場となった宮澤みきおさん一家の自宅2階には遺品が入った段ボールが積まれていた=2020年1月18日午前11時14分、東京都世田谷区上祖師谷3丁目、鬼室黎撮影

 しかし、事件後まもなく入江さんも家を離れた。一帯は都の公園予定地だったため、更地にして売却する話が進んでいた。4人の変わり果てた姿をみつけた姉妹の母(故人)は「家を二度と見たくない、早く壊して」と望んだが、警視庁から家屋取り壊し延長の要請が2001年にあり、「つらい思いをしても協力してきた」。年末になると捜査員が宮澤さん宅前で献花するなど、未解決事件の象徴的な場所にもなってきた。

拡大する写真・図版宮澤みきおさん、泰子さん、長女にいなさん、長男礼君。隣の公園のコデマリの花がきれいだから、と撮った=1999年春、泰子さんの姉の入江杏さん提供

 その後、家の中の状況を警視庁が3D映像にするなど証拠保全が完了。家屋が老朽化して倒壊の危険もあるとして、昨春、警視庁が取り壊しの打診をした。入江さんは、家を壊せば風化がさらに進み、「事件がなかったことになってしまうのではないか」と葛藤した。

拡大する写真・図版防護ネットに囲まれた宮澤みきおさん宅(右)。隣に妻の泰子さんの姉の入江杏さん一家が住んでいた=2019年12月12日、東京都世田谷区上祖師谷3丁目

 入江さんが今回、公開を決意したきっかけは、昨年12月26日付で警視庁成城署長名の「要請解除通知」の紙を渡されたこと。建物についての証拠保全が完了したため取り壊し延長の要請を解除する、と書いてあった。命日の直前で「なぜ、一番つらいときに」と一方的な要請に感じたという。4人の衣服などを返還してもらえることになり、写真を見返すなどして当時に引き戻される日々を送っていた。家の防護ネットや24時間警備も早晩やめると告げられたといい、時間がないと感じたという。

拡大する写真・図版事件当時の宮澤みきおさん宅(右)。事件がわかったのは大みそかで、玄関には正月のしめ飾りがあった=2000年12月31日、東京都世田谷区上祖師谷3丁目

 鍵の返却を受け、1月15日に…

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