近大相撲部をコーチ時代も含めて1987年から指導し、関脇朝乃山らを教えた伊東勝人監督(55)が18日、亡くなった。近大卒業後の91年にアマチュア横綱を決める全日本相撲選手権で優勝し、2001年から近大監督に。アマ横綱を2人育てる傍ら、多くの力士を角界に送った。

拡大する写真・図版昨年の夏場所で優勝した朝乃山(前列中央)とともに万歳三唱する伊東勝人監督(前から2列目の右から2人目)=東京・両国の国技館

 朝乃山が優勝した昨年5月の夏場所中、大阪府東大阪市にある近大の稽古場で伊東監督に取材した。朝乃山について一から聞く記者に対しても嫌がらず、笑顔を絶やさず答えてくれた。

 背の高い朝乃山には小学校のころから注目していた。朝乃山が進んだ富山商高の監督も伊東監督の教え子で、「7年計画で育てよう」と相談し、今や代名詞になりつつある右四つを教えこんだ。指導法はほめること。「今日はどこがよかったか」を繰り返し伝えた。高砂部屋への入門後も、立ち合いが悪いときにはLINEや電話でアドバイスを送り続けた。現役の幕内だけでもほかに宝富士、志摩ノ海、徳勝龍を育てた。

拡大する写真・図版1995年、近大相撲部コーチ時代の伊東勝人さん

 近大勢の活躍を喜びつつ、アマチュア相撲界の心配もしていた。昨年12月、在阪の相撲担当記者らとちゃんこを囲んだ際には、指導者が足りていないこと、審判が高齢化していることなどをあげ、なんとか解決していきたいと語っていた。道半ばの急逝だった。(内田快)

拡大する写真・図版近大相撲部の伊東勝人監督(大学提供)