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 「この人ぐらい 自分を知っていた人はいない この人ぐらい 目的に向(むか)って邁進(まいしん)した人はいない つらぬくこころ この人はそのかたまりだった……」

 プロ野球で前人未到の400勝を記録し、昨年10月に86歳で亡くなった金田正一さん。21日、東京都内であったお別れの会は、詩人のサトウハチローが金田さんに贈った、この詩の朗読で静かに幕を開けた。

 1950年に愛知・享栄商高(現・享栄高)を中退し国鉄(現ヤクルト)に入団。左腕からの快速球と大きく割れるカーブを武器に2年目から14年連続で20勝以上を記録し、その後、巨人でもプレーした。故人の足跡をたどった後、弔辞を読んだのは巨人の原辰徳監督だった。

 原監督が高校3年の時に金田さんと初めて会ったゴルフ場での挿話を披露した。2002年に原監督が巨人を率いるようになってチームが振るわない時、金田さんが「全力疾走、全力投球、全力スイングはできているか」と優しい声で電話をしてくれたこと――。原監督は、2人の間で交わされたやりとりを「野球談議、いや、講義でした」と、独特の言い回しで懐かしんだ。

 会には、同じ時代にプレーした巨人の長嶋茂雄・終身名誉監督(83)や王貞治・ソフトバンク球団会長(79)、野村克也・元ヤクルト監督(84)、プロ野球記録の通算3085安打を放った張本勲さん(79)らが参加した。

 病気療養中の長嶋さんは、弔電も寄せた。1958年の開幕戦で、当時国鉄のエースだった金田さんに4打席4三振を喫したことに触れ「あの日、金田さんからプロの洗礼を浴びたことで、私の野球人としての人生がスタートしたと言っても過言ではありません。偉大な金田投手と同じ時代にプレーできたことは、心から感謝しています」。長嶋さんは、王さんとともに祭壇に花を手向けた。

 「大往生だけどね、90歳くら…

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