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大川小、遺族の思い:2

 臆病だった息子は、津波の恐怖で立ち上がれなくなっていた。生き残った児童が、そう教えてくれた。東日本大震災で、日本中の人たちが、その名前を知った「大川小学校」。先生たちが守ってくれていると信じた学校で、長男を失った今野浩行さん(57)が語った。

 大川小学校がある宮城県石巻市では、東日本大震災の津波で24の小中学校が浸水した。でも、学校で児童が死んだのは大川小だけだった。

 ――大川小で亡くなった長男の大輔君は、どんなお子さんでしたか。

 大輔は臆病なところがあって、小学校の低学年になっても、しばらく自転車に乗れませんでした。緩い坂がある場所まで車で行って、2人でよく一緒に練習しました。長男だったので、厳しく接した。叱って泣かせたこともあります。妻には「なんでお父さんは俺に厳しいのか」って言っていたそうです。俺の父がゲームとか、いろんなものを買い与えていたから、祖父とべったりでした。

 校庭には77人の児童がいて、4人が助かりました。その1人から、津波に襲われたとき、大輔は恐怖で立ち上がれなくなっていたと聞きました。どれだけ苦しかったことか。「なぜ助けに来てくれなかったのか」と、俺を恨んでいると思います。

 ――大輔君は、生きていれば21歳ですね。

拡大する写真・図版自宅の仏壇の横に置かれた棚いっぱいに供え物が並ぶ。大輔君が好きだった週刊少年漫画誌「ジャンプ」は年末に新刊に取り換えている=2018年、宮城県石巻市、福留庸友撮影

 大輔はあの日、「寒がりだから…

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