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篠部勝さん(82) 大阪府堺市

 1938(昭和13)年1月生まれ、終戦の時は愛知県の旧内海町の国民学校2年だった。

 戦時中、通学は集団登校だった。「(当時の英国首相の)チャーチル、チャーチル、首が散る……」なんて歌を歌いながらね。学年順に並び、校門で教師に敬礼した。講堂で空襲の避難訓練があった。輪になって歩き、教師が合図で手をたたくか、笛を鳴らすと、ぱっと床に伏せた。爆風でやられないよう、手で目や耳をふさぎながら。実際、頻繁に警戒警報、空襲警報が鳴った。B29爆撃機がよく上空を飛んだ。飛行機雲を引いて飛び、表現はおかしいが、きれいだった。

 伊勢湾対岸の三重県だと思うが、空襲で街が燃える火も見えた。どこからか、灰も飛んできた。「ゆうべ、またやられたな」と、お袋が言っていた。

 内海にも空襲があった。同級生…

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