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 日本電産は4日、日産自動車元幹部の関(せき)潤(じゅん)氏(58)が4月1日付で社長執行役員に就く人事を正式に発表した。関氏は次期社長含みで日本電産に移り、1月12日付で特別顧問になっていた。創業者の永守重信会長とともに、午後5時半から京都市内で記者会見する。

 日本電産の社長交代は今回が2度目。2018年6月に就任した現社長の吉本浩之氏は3月1日付で家電産業事業本部長となり、4月1日付で副社長に降格する。関氏は6月17日に開く株主総会の承認を経て、代表取締役社長になる。

 関氏は日産で技術畑を歩み、19年春には業績の立て直しを担う新設ポストに就いてリストラ策を主導していた。同12月に発足した新たな経営体制では、ナンバー3の副COO(最高執行責任者)として新車の商品企画も担っていた。

 日本電産はモーターの世界企業。積極的な企業買収で知られ、近年はEV(電気自動車)に搭載するモーターなど自動車部品の開発に力を入れている。永守氏がEVに明るい関氏の手腕を見込み、社長就任を打診したという。

 社長職を解かれる吉本氏も関氏と同じ日産出身。やはり永守氏の後継者とされてきたが、米中貿易摩擦の影響で経営環境が悪化するなか、権限委譲はあまり進んでいなかった。19年7月からは海外事業の立て直しを命じられ米国に駐在しており、決算会見などでも永守氏が前面に立っていた。(中島嘉克)

 日本電産の社長に、日産自動車元ナンバー3の関潤氏(58)が就任することになった。4日に永守重信会長(75)と関氏が開いた記者会見での主なやりとりは次の通り。

 ――関氏が日本電産に入った経緯や理由は。

 永守「日産の社長になるとみていたが、違う人が社長になって『ここや』と猛攻撃をかけた。こんなチャンスはあまりない。だいたい本命の人が(トップに)上がるが、絶好の人材に来てもらった」

 関「企業の持続性は、成長に対してしか存在しないと思う。そういう信条だった私に、10兆円企業にするぞと(声をかけられたのは)、一番のポイント。簡単ではないがやれると思っている」

 ――社長交代を考えた時期はいつごろか。

 永守「昨年の夏場くらいから。業績悪化してまずいなという強い危機感を持った。任せた相手も苦しむので、これは早く変えてやらないとと思った」

 ――関さんが入社を決めた時期は。

 「本当に受けようと決めたのは12月20日ごろ。そこから(日産の)社内で調整していた最中に、報道が世の中に出てしまった。色んな人にご迷惑をかけたが、そんな中で非常にこころよく送り出してくれた(日産の)内田(誠)社長らには感謝したい」

 ――現在の吉本浩之社長の評価は。

 永守「吉本は非常に頑張り屋。夜も昼もなく、まさに日本電産のハードワークに適している。だがやはりものづくりに弱い。彼が能力ないとかなまけていたとかではなく、それだけ難しい。経験を積んでもらって再チャレンジをしてもらう」

 ――(注力する)車載事業の課題は。

 関「15日から現場視察に出て、すでに計5カ国12会社を回った。日本電産の現場は非常に強い。ここまできれいな現場は見たことない。それが強みだし、品質や信頼性で安心できる」

 ――何年くらいかけて権限委譲したいのか。

 永守「それはわたしが決めるのではなくて、関さんがガンガン業績を上げてくれればそれで終わり」