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 チョコが話題になる季節。日本でも人気が高いベルギーのショコラティエ、ピエール・マルコリーニさん(55)を現地で取材しました。

ベルギーチョコの革命児

 ブリュッセル郊外のチョコレート工房(1・5平方キロ)。毎朝7時には顔を出し、足早に歩き回りながら職人たちに指示を出す。

 「ピエールの夢は、私たちの悪夢のはじまり」

 スタッフの合言葉だ。学生時代からの友人のアラン・イムさん(55)は「せっかちで、こだわりが強いところは何も変わらない」と笑う。

 ベルギー南部シャルルロワ生まれ。物心ついた頃には「なぜか異常なほどお菓子に夢中」に。おもちゃと人のデザートを交換することばかり考えていた。14歳で母の反対を押し切り、ブリュッセルの国立食品専門学校に進学した。「すぐ天職だと気づいた。恋に落ちるのと同じ」

 ブリュッセルのヴィタメールやパリのフォションなどで修業し、1995年、菓子職人の世界大会で同国代表チームを初優勝に導いた。翌年ブリュッセルに1号店を開くとまたたく間に大人気に。パリやロンドンなど9カ国に45店舗を展開する。

 業界の「革命児」。大きく、甘いベルギーチョコのイメージを抜けだし、小ぶりで、洗練されたチョコを開発した。毎年のように、きなこなど珍しい食材を使う新作も発表する。よく知られているのは、カカオからチョコまで一貫して製造する伝統的製法「ビーン・トゥ・バー」ブームの先駆けとなったことだろう。

 最初はほかのショコラティエがするように、大手メーカーから原料のクーベルチュールを調達した。溶かして、固めれば商品が完成する。次第に「自分の個性や価値」を自問するように。辞書で「ショコラティエ」と引くと「自分のチョコをつくる人」とあった。

 「今のままでは販売業者だ」

 「マルコリーニの味」をつくる挑戦が始まった。各国のカカオ畑に足を運び、豆の粉砕、精製など必要な機械は業者を訪ね歩いて特注した。10年かけて、オリジナルのクーベルチュールができあがった。

 現在、キューバやカメルーンなど五つの契約栽培農家から豆が届く。最適な温度、時間で焙煎(ばいせん)し、細かな粒子のクーベルチュールに仕上げる。それが、特有の華やかな香りと滑らかな口溶けを実現する。

 目下の関心は、人や社会、環境に配慮したエシカルな事業運営。「おいしいチョコを作るだけではだめ。『で、社会のために何をしたの?』が問われる」

 軽やかに、まだ進化する。

記事の後半は、マルコリーニさんとの一問一答です。革命児の「哲学」を聞きました。

「最低でも市場の2倍以上の対価を払う」

 ――伝統的なチョコのイメージを変えました。

 仕事を始めた頃、フランス料理…

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