がんの疑いに「びっくり離職」 防ぐためにどう支える?

聞き手・月舘彩子
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【アピタル+】患者を生きる・職場で「がんと仕事

 2人に1人が生涯のうちにがんにかかる時代です。医療の進歩で、治療は外来が中心になり、長く付き合う病気に変わってきました。仕事をしながらがん治療をする人は約36万5千人に上ります。治療と仕事の両立のためには、どうすれば良いのでしょうか。国立がん研究センターがん対策情報センター長の若尾(わかお)文彦さん(58)に聞きました。

――がんと診断されたら仕事を辞めてしまう人も多いのでしょうか。

 昨年7月に実施された内閣府世論調査では、がんと仕事の両立について「がん治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合、働き続けられる環境だと思いますか」という質問に、「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」と答えた人は37・1%で、2016年の調査の27・9%と比較して徐々に増えてきました。ですが、まだ4割に満たない状況です。

 確定診断を受ける前に、仕事を辞めてしまっている人は少なくありません。国立がん研究センターなどの2015~18年の調査では、「がんの疑い」と説明を受けた時点で33・3%が離職を検討していました。5・7%は確定診断を受けるためにがんの専門病院を初めて受診するまでの間に離職。「びっくり離職」とも言われています。この時期の離職理由は「周囲に迷惑をかけたくない」と「体力的に続ける自信がなくなった」でした。初診時ということは、どんな治療をするのかも、まだ分からない段階で辞めてしまっているのです。体力面については、職場の配慮があれば、カバーできることです。

 初診から6カ月後までに離職していた人は12・4%、初診から2年後までに辞めていた人は16・2%。全ての時期で「周囲に迷惑をかけたくなかった」が多く、企業側のサポートが十分でない可能性があります。また、6カ月時点で辞めていた人の理由では、「続けられるような支援制度が無かった」がほかの時期と比べて多く、支援制度の存在を知らない可能性もあります。

写真・図版

――患者が働いている会社からサポートを求めるにはどうしたらいいでしょうか。

 企業側と医療機関が情報共有することが大切です。医療機関側は、患者がどんな仕事をしているのか、立ち仕事なのか、営業の外回りなのか、重い物を持つ仕事なのかなど、具体的な仕事内容が分かりません。一方、企業側からすれば、どんな仕事ならできるのか、何に気を付ければいいのかが分かりません。情報交換をして、仕事内容について、主治医から「こういう配慮をしてください」と伝えてもらい、企業側が、本人と具体的に作業内容を変えたり、通院のための勤務配慮などの内容を決めたりすることが重要です。

医療機関と企業が連携

――情報交換するための仕組みはありますか。

 医療機関と企業の情報交換を促すため、18年4月から、がん患者の治療計画などを主治医が産業医と共有し、仕事と治療の両立を支援する取り組みに診療報酬がつくようになりました。「療養・就労両立支援指導料」と言います。主治医から治療と仕事を両立させるための注意点などを書いた「意見書」を企業の産業医に提出し、産業医から仕事の状況をふまえて勤務配慮などを見直します。それを元に、主治医も、勤務を継続できるように治療計画を見直します。例えば、土日が休みで抗がん剤治療の3日後に体調が悪くなるという患者さんであれば、調子が悪い日に休めるよう、水曜日に抗がん剤の点滴をするように工夫できます。職場と医療機関が情報共有して、治療のスケジュールを工夫したり、勤務の配慮をすることで、辞めようかと悩んだり、体力が続かないと困っていたりする人を減らすことにつながると期待されています。

――意見書を書いてもらう人は増えているのでしょうか。

 この「療養・就労両立支援指導料」は、思ったほど使われていません。産業医からの情報が主治医に返ってこなかったりして使いにくいという声があり、今年4月の診療報酬改定に向けて、見直しが検討されています。現時点では、主治医からの意見書を受け取るのは、産業医となっています。ですが、産業医を任ずる義務があるのは従業員50人以上の事業所からで、全国では従業員数が50人未満の事業所が全体の約6割を占めるため、使える人が限られてしまうとして、その点も見直すよう検討が行われています。

――主治医の意見書では、具体的にどんなことを書いてもらうのでしょうか。

 通勤や業務に影響しそうな症状や、薬の副作用、また3週間に1度通院が必要など、治療のスケジュール、車の運転が可能なのかや重い物を持てるのか、といった勤務で配慮すべき点などです。決められた書式はありませんが、厚生労働省の「事業上における両立支援ガイドライン」(https://www.mhlw.go.jp/content/000492961.pdf別ウインドウで開きます)にひな型があります。

――ほかに、参考になる資料はありますか。

 国立がん研究センターのがん情報サービスというウェブサイトの中に、「がんと仕事のQ&A」(https://ganjoho.jp/public/support/work/qa/別ウインドウで開きます)が掲載されています。診断直後から復職、医療費など様々な不安にQ&A方式で答えています。

 がん情報サービスには、国立がん研究センターが作成し、企業の人事担当者向けに職場でどんな支援制度が必要なのか、どんな配慮をした事例があるのかなどをまとめた「がんになっても安心して働ける職場作りガイドブック」が掲載されています。大企業編(https://ganjoho.jp/data/pub/support_work/guidebook01.pdf別ウインドウで開きます)と中小企業編(https://ganjoho.jp/data/pub/support_work/guidebook02.pdf別ウインドウで開きます)があります。こちらも事例などが掲載されていて参考になると思います。

まずは窓口に相談を

――患者さんの中には、仕事のことを病院に相談していいのかと悩んでいる方もいるようです

 主治医にいきなり聞きにくいという方は、まずがん診療連携拠点病院などに設置されている「がん相談支援センター」などの窓口に聞いてみてください。自分が通院していない病院でも相談できます。病院内に治療と仕事の両立支援を推進するチームを持っているところもあります。職場の人事労務担当者の中には両立支援に必要な必要な知識を学んだ「両立支援コーディネーター」の研修を修了した人もいるかもしれません。その方に相談するのもいいでしょう。

 入院期間が短くなり外来で抗がん剤治療をするなど、医療の変化によって、通院しながら働けるようになりました。定年延長や女性の社会進出で、働く世代でがん治療をする人も増えてきています。様々な制度を整えているところなので、一人で悩んで仕事を辞めてしまうのではなく、まずは相談をしてみてください。

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<アピタル:患者を生きる・職場で>

http://www.asahi.com/apital/special/ikiru/(聞き手・月舘彩子)

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