B29墜落、石投げられ…「父の最期の姿は」娘が来日へ

有料記事空襲1945

六分一真史
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 太平洋戦争末期、東京方面へ空襲に向かう途中だった米軍爆撃機B29の編隊の1機が、陸軍戦闘機の迎撃で空中爆発し、静岡県富士宮市の市街地に墜落した。散乱した機体の残骸と死傷した米兵の姿は、戦争の強烈な記憶となった。75年を経て、B29乗員の娘が今春、「自分の戦後にピリオドをつけたい」と亡き父の墜落の地を訪問する。当時を知る市民らとの交流も予定されている。

 事件が起きたのは1945年1月27日の昼下がり。「富士宮市史」にも「耳をろうするほどの物凄(ものすご)い爆裂音とともに空中分解し…」

と記録されている。撃墜されたB29「ウェアウルフ(オオカミ男)」号の乗員11人のうち7人は死亡。4人は地元民に捕らえられて捕虜になったが、軍刑務所に収容中の米軍空襲などで終戦前に全員が死亡した。

 来日するのは、空襲で死んだ…

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空襲1945

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あのとき、日本中が戦場だった。東京・大阪・福岡など各地の写真300枚や映像、データマップで惨禍を伝えます。[記事一覧へ]