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 「こん子らも死にたくて死んだわけじゃない。いつまでも、くよくよしてても仕方ねえ。ちゃんと家さ建て直して拝んでやっからって、息子たちを送ったとき約束したんさ……」

 鈴木堅一さん(76)が、孫の理子さん(当時11)の写真を刷り込んだ墓石をなでながらつぶやいた。

 鈴木さんはいまも、岩手県釜石市栗林町内にあるプレハブの仮設住宅で一人暮らす。墓地がある同市鵜住居町の裏山からは、東日本大震災の津波で流された自宅の跡地も、生まれ育った故郷の街並みも一望できる。その向こうには妻信子さん(同64)と長男夫婦、孫を一瞬にして奪い去った大槌湾の海が青く、静かに光っている。

 あの日、自宅で突然激しい揺れに見舞われた。消防団幹部としての責任感から、水門を閉めに防潮堤まで車で駆けつけた。津波に遭遇し、避難を呼びかけながら山手に逃げた。

 その後、団の屯所に寝泊まりし、60人以上の遺体の確認や運搬作業もした。がれきでなかなか近づけなかった自宅で、変わり果てた家族4人と再会できたのは震災4日目。2階の部屋で長男の健幸さん(同44)は、理子さんたちを守ろうとするかのように、両手を家族の方に伸ばしたまま、横たわっていた。

 しばらくは同僚と話すのもつら…

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