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 11日、野村克也さんが急逝したことを受け、同じ時代を戦ったソフトバンクの王貞治球団会長がキャンプ地の宮崎市で胸中を語った。

 「同じ時代を悪戦苦闘して戦い抜いた戦友なんでね。ノムさんもなくなっちゃうというのは、本当に残念です」。王会長は突然の訃報(ふほう)に悔しさをにじませた。

 本塁打と言えば、パ・リーグは南海の野村、セ・リーグは巨人の王――。2人はそんな時代をともに過ごした。1963年、野村さんがシーズン52本塁打で当時のプロ野球記録を打ち立て、その翌年に王会長が55本塁打を放って塗り替えた。

 リーグが違うため、直接の対戦は限られたが、野村さんの家で食事をしたり野球談議をしたりと親交があったという。「実際に(同じ)時代を戦っているから、お互いに理解をして認め合ってね。尊敬もしていたしね」と振り返った。

 王会長が野村さんと最後に会ったのは、1月21日に東京都内であった故・金田正一さんのお別れの会だった。当日、野村さんは車いすで来場したが元気そうだったという。名選手にして名将だった盟友との別れに、王会長は「感覚だけじゃなく、頭脳を使って、自分の持てるものをどう結果につなげるかというのがノムさんの野球だった。そういう点で、今の時代に『野村野球』は十分受け継がれている。野村イズムはこれからも生きていくと思いますよ」と話した。