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 水俣病、川辺川ダム計画、ハンセン病――。国の政策がもたらした人権・社会問題の現場には、いつもこの弁護士がいた。板井優(いたいまさる)さん(享年70)=熊本市。馬力と行動力、事実に裏打ちされた発想力で、数々の訴訟を引っ張った。「遺産を引き継ぐ」。通夜・葬儀が営まれた12、13日、ゆかりの人々は静かに誓った。

 1949年、那覇市に生まれた。日本の主権回復後も米軍統治が続いた沖縄で、米兵による事件・事故が正当に裁かれない状況を目の当たりにする。本土復帰運動がうねりをみせた時代に多感な時を過ごし、後に弁護士として理不尽に立ち向かう原点になった。留学生として熊本大法文学部に進んだ。

 弁護士登録した79年、熊本県が水俣病と認定しない人々が起こした第2次訴訟(1973~85年)の一審判決が出る。患者数を絞り込む認定制度のあり方が否定されたが、行政の対応は変わらなかった。水俣病訴訟弁護団事務局長として、症状がありながら救われない被害者の補償をめざす第3次訴訟(1980~95年)を進めた。

 「弁護士として超一流。へたな…

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