拡大する写真・図版慢性痛とうまくつきあうための「ペインキャンプ」の一場面。臨床心理士(右)らとともに、痛みに対処する技術を学ぶ=愛知医科大・学際的痛みセンター提供

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 遺書になるかもしれない――。『蒸発』『Wの悲劇』などの多くの作品でミステリーの女王と称された夏樹静子さんが、死を意識して腰痛との激闘を書き始めたのは、54歳で発症してから2年あまりの1995年春だ。

 腰から背中にかけて鉄の甲羅を貼り付けたようにだるい。活火山のように熱くガンガン痛む時もあれば、背骨がきしむような痛みも来る。

 整形外科、神経内科、産婦人科などを訪ねたが、異常は見つからない。どんな鎮痛剤も効かない。座れない。立ってもいられない。雑誌の連載はうつぶせで書いた。

 プールで運動不足の解消に努め、鍼灸(しんきゅう)、整体、気功にも通った。冷えの解消に家をリフォームし、低周波機器も試した。半ばやけになりながら、祈禱(きとう)や除霊の勧めにも応じた。

 でも、痛みは増すばかり。「大好きな」仕事もままならなくなった。

拡大する写真・図版夏樹静子さん=1997年

 腰痛が出る少し前から、夏樹さんはミステリー以外の新境地を開くことに意欲を燃やしていた。その一つ、夏樹さんの初の伝記小説『女優X 伊沢蘭奢(らんしゃ)の生涯』に構想から関わり、芥川賞・直木賞の運営に長く携わった「別冊文芸春秋」の元編集長高橋一清さん(75)は「直木賞が欲しいとは思われていなかったと思います。むしろ誰よりもいい作品を書きたい作家の欲だったのでしょう」。

 ただ、緻密(ちみつ)な完全犯罪を描くために業界の内情を調べ上げ、刑法をそらんじるほど勉強する「完璧主義者」だ。「ミステリーのトリックとは違って、人間の業を見つめる一般小説に完璧はあり得ないこと、売れる売れないとは違う評価軸があることをわかっていただくのが大変でした」

 医師たちは早くから、仕事に取り組む心の在りようが痛みに関わっているのではとみていた。だが夏樹さんはそう指摘されても、好きな仕事をしていると思っているだけにピンとこない。むしろ、腰痛が、生き死にに直結しない「ぜいたくな痛み」と捉えられることに不満を感じていた。

「夏樹静子の葬式を」

 痛みのあまり筆を折ろうとさえ考えていた95年夏、夏樹さんは親交のあった新聞記者の紹介で心療内科医の平木英人さん(84)に出会う。

 治療歴を事前に聞いていた平木さんは、玄関で出迎えた夏樹さんがすたすたと前を歩く姿を見て「ひと目で心身症だとわかりました」。それを認められない本人との対話を数カ月続け、関係性を築いた上で、心理療法の一つ、絶食療法のために入院を勧めた。

 平木さんは、痛みの中核を「夏…

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