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 遠くなる耳に、「きゃーっ」と若おかみの悲鳴が届いた。ついでパンッと銃声がし、静かになる。目を開けると、若おかみがうつ伏せに倒れていた。赤子が激しく泣いている。あぁ、とぼくは目を閉じた。それから「そうかっ、時差だ……」と急に気づき、起きあがろうともがいた。

 上海は中国、佐世保は日本。二つの町には一時間の時差がある。妻にとっての正午は一時間後だ……。つまりぼくは、なんとかしてあと一時間生きていなくてはならない。ロシア兵は姿を消している。ぼくのシャツの胸にどんどん血が広がる。若おかみのだらんと力をなくした手を握り、ぼくは「時を戻し、みんな生き返らせる。それに、九州をロシア領には、しっ、しないぞ……」と呻(うめ)いた。「だ、だから、五回目の世界で、また、会い、ましょ、う……」気が遠くなる。赤子の頭を撫(な)でるが、自分の血で真っ赤に汚してしまう。もう意識を失いそうだ。あと一時間弱……死ぬな、ぼく。頼む。死ぬな……。

 死ぬな……。し、し、し、死ぬ、なぁ……。

 

 

  その五 「敵艦見ゆ!」

 

 頰に冷たい風が強く当たっている。風を切る音もすごい。ぼくははっと我に返り、筒状の温かい何かに抱きついている自分の腕に、ぎゅっと力を込めた。

 馬の背にまたがり、魔都上海の…

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