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香取慎吾とゆくパラロード

 朝日新聞パラリンピック・スペシャルナビゲーターの香取慎吾さんがさまざまなパラ競技に挑戦する「慎吾とゆくパラロード」。14回目はパラリンピック独自の競技、ボッチャです。6個ずつボールを投げ、目標球にいかに近づけられるかを競います。香取さんは、昨年末に8度目の日本一に輝いた広瀬隆喜選手(35)に勝負を挑みました。

 目標となる白いジャックボールにいかに寄せられるか。イベントなどでボッチャを何度も体験してきた香取さんだが、リオパラリンピック銀メダリストでもある広瀬選手との対戦を通して、奥深さを知ることになる。

紙面でも
 香取慎吾さんのボッチャ体験は、2月22日付朝刊スポーツ面の「慎吾とゆくパラロード」でも、1ページを使って紹介します。

 《うそでしょう!》

 香取さんは広瀬選手の投球に、驚きの声を上げた。

 香取さんの1球目はジャックにぴたり。次は広瀬選手の番だ。1球目。ジャックの左奥に外れた。以降はジャックに遠い方が投げるため、再び広瀬選手の番だが、直後、香取さんはわざと外したことを理解する。

 2球目。香取さんの球をはじき、反動でジャックは奥へ。外れたかに思えた1球目の球に寄った。広瀬選手は香取さんの1球目がジャックに完全にかぶっていたため、2球で打開する作戦だったのだ。香取さんは胸の内を明かした。

 《広瀬さんの1球目は正直寄らなかったと思ってしまった。すごい。これが本当のおもしろさなんだ。》

 こうした戦略性こそが魅力だと広瀬選手は言う。

 《個人戦では全部で6球。一つのミスが負けにつながってしまう。自分のやりやすいよう、また相手がやりづらいよう、常に2、3手先を考えています。》

大のお気に入り

 ただ、戦略は精度の高さがあってこそ生きる。広瀬選手は助言を送った。

 《投げる時は球を持つ中指をジャックに向けて狙えば安定します。はじこうと強い球を投げる時は、投球点はできるだけ低く。》

 色々と教わる中で香取さんは一つの疑問がわいた。

 《コート(ジャックボール有効エリア縦8・5メートル、幅6メートル)は広い。どこにジャックを置けば有利?》

 広瀬選手は答えた。

 《自分のボックスに近い有利になる場所や、相手が苦手な場所で勝負をすることもあります。》

 練習試合を終え、いよいよ真剣勝負に。香取さんはあえて聞いてみた。

 《広瀬さんの苦手は?》

 広瀬選手は答えた。

 《私はオールラウンダーなので。》

 香取さんは1エンド6球の勝負で1回目は0―6、2回目は0―3で敗戦。メダリストの壁は厚かった。

 障害者向けに欧州で生まれたこの競技は転がすだけではなく、上から投げても蹴ってもいい。香取さんは健常者と障害者が一緒に楽しめるボッチャという競技が、大のお気に入りだ。

 《こうしてみんなで楽しめる日が来ると思っていましたか?》

 広瀬選手はリオのメダルが契機になったと答えた。

 《それまで認知度はほぼゼロ。体育館を借りるのもルールを説明しないと鉄球を投げる競技と誤解されていましたから。まさかこのような日がくるなんて。》

 広瀬選手にとってパラリンピックは東京で4度目。今は競技に専念できる環境に身を置いている。

 《社会福祉法人施設で働いていましたが、リオ後はアスリート雇用でボッチャを仕事にしています。環境を変えるのは勇気がいることですが、リオはうれしい反面、悔しい思いもした。今は栄養やコーチングなど「チーム広瀬」としてサポートも受けている。東京は結果で恩返しするしかない。》

 広瀬選手の覚悟を聞いて、香取さんは思った。

 《僕はずっとエンターテインメントの世界で仕事をしてきたから、スポーツと縁がなかった。でもパラのみなさんと体を動かすと笑顔になれたり、心身が気持ちよくなれたりする。スポーツはいいもんだなって。だからパラをもっと盛り上げたい。より華やかなものにするためには選手の頑張りも大事だよね。》

 うなずく2人。続けて香取さんは切り出した。

 《広瀬選手は対戦中に“ほえる”んですって?》

 広瀬選手は苦笑いした。

 《リオでやり過ぎてしまって、テレビなどでも「雄たけびシーン」が使われることが多いです。東京では香取さんにも、ぜひ生の雄たけびを聞いて欲しい。》

 香取さんは笑顔で言った。

 《そのとき僕も一緒になってほえます!》(榊原一生)

プロフィール

〈広瀬隆喜(ひろせ・たかゆき)〉 1984年8月、千葉県生まれ。先天性の脳性まひ。ビームライフルや車いす陸上などを経験し、高校3年の時にボッチャを始める。日本選手権は2006年に初優勝し、昨年末に3大会ぶり8度目の優勝を飾った。障害のクラスはBC2(脳性まひ)。パラリンピックは08年北京大会から出場し、16年リオ大会ではチーム戦銀メダルを獲得。西尾レントオール所属。