拡大する写真・図版イラスト・ふくいのりこ

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 両足の動かない車いすユーザーが自動車を運転する時は、ちょっとした工夫が必要です。かくいう私も「手動運転装置」と「車いす収納装置」、この二つのアイテムが欠かせません。苦労の末に完成した、愛車の「オデさん」の話は、以前にご紹介しました。でも時には、レンタカーや代車のお世話になるシーンも訪れるでしょう。そんなとき、とても困ってしまったお話です。

 その時は、突然訪れました。昨年9月、とある日曜日。私の住んでいるエリアでは、台風の接近を知らせる天気予報を受けて、臨時運休や計画運休の速報テロップがテレビ画面をにぎわせていました。そして予報通り、次第に風雨が吹き荒れました。

 あまりの荒天に、オデさんは大丈夫かと気になりはじめます。車をとめている、自宅すぐ隣の敷地は、マンションの建設が予定されています。そのため、更地を囲むように鉄パイプが立ち、それを柱に布で覆われていました。

 この風で布がパタパタしたら……。棒が飛んで当たったら……。まだ新しいオデさんが可哀想……。気になり出したら、いてもたってもいられません。けれども、外に出れば、私自身が転がってしまいかねない強風です。管理会社は営業時間外……。不安な夜を過ごすことになりました。

「オデさん」の右半分に擦り傷が

 翌朝は、前日の天気がうそのような晴天でした。オデさんの様子を見に行くと、すり傷がいくつか見受けられます。どうしたものかと逡巡(しゅんじゅん)していると、マンション建設予定地の管理会社らしき人の姿が見えました。グッドタイミング! 一緒に傷の具合を確認し、ディーラーに修理の見積もりをもらってと、私の喜憂をよそに、あっという間に修理をしてもらえることが決まりました。

 問題はここからです。修理期間が3、4週間。その間、オデさんを修理に預けなければなりません。布が擦っただけでなく、布の角についていた金属が重症化を招いていたのです。右側の側面と天井と前後部。ようするに右半分全体に擦過傷が広がっていたのです。新しい部品に取り換え、塗装やコーティングもやり直すだけの期間が見込まれるとのことでした。

 オデさんがいない間、私は一体どう過ごしたらよいのでしょうか。平日は毎日、自動車通勤です。休日も車に乗らない日は、ほとんどありません。それらの移動手段を公共交通機関に置き換えられる状況ではなく、代車が必要です。

 しかし、当初問い合わせたディーラーは、手動運転装置がついている代車を持っていません。一から調べるのも大変だなと思ったのもつかの間、人生に無駄なことはないようです。以前、事故にあった際、相手方の保険会社が手配してくれた、手動運転装置がついたレンタカーを思い出しました。書類を引っ張り出してみると、レンタカー会社の所在地は埼玉県。遠方でもやむを得ないと、今回もそこから借りる段取りになりました。

 必須アイテムのひとつ、手動運転装置の件は解決しました。しかし、これでは運転ができるようになっただけに過ぎません。身体の一部でもある車いすを積み下ろす術を確保してこそ代車になり得るのです。

 そうは言っても、車いすを積み下ろしする「車いす収納装置」は特殊な機械です。ほかで代えがきかないことは、私自身が一番理解しています。車いすの積み下ろしは、誰かの手を借りるしか方法はありません。代車によって、ひとりで車移動を完結させることは不可能だということは、初めから悟っていました。すると、約1カ月の間、仕事は大打撃。通勤も困難なら、出張なんて夢のまた夢。かと言って、休むわけにもいかないし……。

 考えるのも嫌だったのですが、そこで、ひらめいたのです。約3カ月後の12月に、リンパ浮腫の計画入院を控えていました。入院中であれば、毎日車を使うことはない。入退院や外泊のときだけなら、車いす搭載機能を備えていない代車でも、家族の助けを借りて、なんとか乗り切れそうな気がした、というわけです。すこし先にはなってしまうけれど、オデさんの走行に支障はないので、傷の治療は12月までお預けということで、すべての段取りを終えました。

アルファロメオにワクワク

 一般的にマイカー以外の自動車が必要とされるシーンといえば、車検や旅行、カーシェアリング、リース車などが思い浮かびます。車いすを自力で抱えることができる脊髄(せきずい)損傷の人の多くは、手動運転装置さえあれば運転に困ることはありません。

 最近では、友人との会話の中で、旅行の際に手動装置付きレンタカーを利用したという話題を耳にすることも増えてきました。また、長距離でなければ、さっと取り付けられる簡易版も便利でしょう。車いす積み下ろし問題をクリアできる車いすユーザーにとって、すこしずつ選択の幅が広がるのは、とてもうれしいことです。

 ただ、ひとくちに「車いすユーザー」と言っても、障害レベルはさまざまです。選択肢が狭まるユーザーもいます。私のように、ひとりで車いすを積み下ろせない人は、選択の幅を広げることができず、我慢せざるを得ません。これは、残念だけど仕方のないことなのでしょうか。

 少しモヤモヤが残っていたのですが、実は、ちょっと楽しいこともありました。埼玉の会社から来るはずだった代車は、国産車のトヨタ・シエンタだったのですが、ひょんなことからアルファロメオのジュリエッタになったのです。

 しかも、シエンタについている手動運転装置は、以前使っていたタイプで、今の装置とは異なりました。一方、ジュリエッタには、オデさんと同じタイプが取り付けられていたのです。そのため安心して運転をすることができました。そしてなにより、ジュリエッタの方がテンションが上がります。スポーツモードなど、普段とは違う走行感を体験するのが楽しみで、ワクワクが止まりませんでした。

 車いすの積み下ろしで不便を強いられるのだから、これくらいの楽しみがなくちゃ! 横浜ナンバーの赤いジュリエッタ、なんかカッコいいでしょう? 

 そうこうしていると12月下旬の退院間近、ピカピカになったオデさんが帰ってきました。結局、ジュリエッタに乗れたのは、入院や外泊などの8回だけ。もう少し乗りたかったなあと別れを惜しみつつも、やっぱりオデさんが一番! ひとりで出かけられる自由を再び手にして、相棒のよさを再確認したのでした。(アピタル・樋口彩夏)

アピタル・樋口彩夏

アピタル・樋口彩夏(ひぐち・あやか)

1989年、東京生まれ。中学2年の時、骨盤にユーイング肉腫(小児がん)を発症。抗がん剤、重粒子線などの治療を経て、車いすでの生活に。「いつ、誰が、どんな病気や障害をもっても、笑顔で暮らせる日本にしたい!」を目標に日々、奮闘中。当事者の視点から建設的に伝えることをモットーに執筆・講演も行っている。