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 人は1人では生きられず、縁は異なもの味なもの。そんな言葉でくくるには、俳優・大谷亮平さんの人生は劇的すぎるかもしれません。韓国でモデルとして出発し、35歳で日本の芸能界に「出現」するや、ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」などの話題作でたちまちスターに。どんな奇縁良縁に巡り合ったのでしょう。語ってくれました。

人生が予想しなかった方向に

 少年時代からバレーボール一筋。高校時代は国体に出場し、大学もバレーで入ったものの、自分はプロ選手にはなれないと気付いていました。わかるんですよ、競技をしていると。とはいえ会社勤めのイメージもわかず、卒業間近になっても就活はしませんでした。そんな時、バイトの先輩からモデルに誘われたんです。考えたこともなく、パリコレのイメージしかありませんでしたが、実はチラシや車内広告など、モデルの仕事は幅広いんだと教えられ、その気になって。

 少しずつ顔が出始めたころ、巡り合ったのが韓国で放送された「ダンキンドーナツ」のCMです。アジアが視野の大規模なオーディションでしたが、監督に気に入られ、僕に決まった。そこから、予想もしなかった方向に、人生が動き出しました。

 慎重派で、理屈で考えるタイプ。なのに言葉もわからないソウル行きに、全く怖さを感じませんでした。仕事だからすべてお膳立てされており、僕はそれにのっかるだけでいい。我ながら甘いそんな気持ちで、石にかじりついても、なんて悲壮さはかけらもありませんでした。

 行ってみると幸いCMは好評で、モデルの仕事も順調。韓国語も覚え始めたころ、ドラマの話が来たんです。若者に人気の枠で、メインキャストの一人への大抜てきでした。演技経験もなく、わけもわからず引き受けました。日本人の青年役です。韓国人の中に1人まじった外国人の僕が、視聴者は面白かったのでしょう。認知度も人気も上がり、僕の中で「俳優」の比重が増していきました。

言葉の問題で限界が見えた

 でも、そこで壁が現れました。…

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