「権力がフリーハンドだ」。東京高検検事長の定年延長や「桜の会」の問題をそう指摘し、法の支配の危機を憂(うれ)えるのは、鹿児島県の「大崎事件」弁護団事務局長、鴨志田祐美弁護士(57)だ。昨秋、台湾の検察トップと面会し、日本の検察と冤罪(えんざい)に対する考えの違いに驚いたという。台湾や韓国の司法制度に今こそ目を向けよと語る、その理由とは。
――江惠民検事総長との面会のきっかけは
2018年8月、台湾であった冤罪(えんざい)を救済する民間団体「イノセンス・プロジェクト(IP)」の大会に参加したことです。開会のあいさつに、なんと江検事総長が立ったのです。
それだけで仰天ですが、内容に感動しました。検事総長自らが冤罪の存在を認め、冤罪が当事者にどれほど傷を負わせるか、心から知ってもらいたい、と。台湾検察はIPと協力関係にあるとも。この人と話してみたいと、つてをたどって面会が実現しました。
――どんなお話を
まずIP大会のあいさつで冤罪に正面から向き合う姿勢を見せた意図は何か。答えはこうでした。「冤罪を正面から認め、救済するための制度を構築する努力をすることの方が、国民の信頼を得られる」
その通りですよね。この日は4人の現役検事と約2時間、お話しさせていただきました。
――台湾の再審手続きは
14年と19年、2回改正されています。14年は確定判決時に存在しなかった証拠(DNA鑑定など)が新証拠として使えるようになるなど、再審開始の要件が緩和されました。19年はいわゆる適正手続きの観点からの改正です。記録閲覧権や証拠調べ請求権、意見陳述権などが再審請求人の権利として明文化されました。
――同じアジアの韓国にも注目されていますね
いまの文在寅(ムンジェイン)大統領は、検察改革を公約に掲げています。法務部(日本の法務省)に検察の過去の活動を検証する委員会が設置され、実際の再審事件で検察官による抗告を批判する報告もされています。また、韓国の国家人権委員会は法務部長官(日本の法務大臣)に対し、検察官抗告を改善する法案を作成するよう勧告もしているのです。
――最近、日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告の一連の事件で、諸外国から日本の刑事司法のあり方が批判されています
日本の再審の規定は刑事訴訟法施行後、70年以上改正されていません。再審請求では証拠開示手続きの規定がないため、証拠開示されるかどうかは各裁判所のさじ加減。「再審格差」が放置され、検察官による抗告を認めているのも再審開始の大きな障壁です。
――欧米では
日本の刑事司法が他国と比較される場合、例として先進国のアメリカ、イギリス、ドイツなどの制度がよく挙げられます。ただ、いずれも刑事司法制度ができた歴史的背景や改正に至るプロセスが大きく違うのも事実です。
でも台湾と韓国は、刑事訴訟法のルーツは実は日本の法律。だから言い訳ができない。すでに日本法がルーツの近隣諸国に肩越しに追い抜かれているのです。
もちろん、台湾や韓国も歴史や制度が違う点を前提にすべきです。台湾では、不利益再審(日本の旧刑事訴訟法で存在した、無罪判決を受けた者を有罪とする方向の再審)が存続しています。韓国では法的安定性への批判もあります。
――再審手続きの改正を強く訴えるのはなぜですか
まさに日本がいま抱える問題だと思うのです。「桜を見る会」もそう、検事長の定年延長問題もそう。権力がフリーハンドになっている。昨年6月、再審開始決定を取り消した大崎事件の最高裁決定もそうです。最高裁が職権で調査し、地裁、高裁が重ねた開始決定を日本の裁判史上、初めて覆した。その恐怖の正体をずっと考えていました。
だからこそ、台湾や韓国の取り組みが参考になる。これらの隣国が手続き的な適正を重視する法の支配の原点に立ち戻ろうとしているとき、この日本は一体、何をやっているのだと。(聞き手・井東礁)
鴨志田弁護士へのインタビューは2回目だった。
初回は昨年3月。大崎事件で…