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 戦国時代の下克上を代表する武将、松永久秀(まつながひさひで)(1508?~77)を描いたとみられる18世紀後半ごろ(江戸時代)の肖像画がみつかった。大阪府高槻市の市立しろあと歴史館が4日発表した。これまで久秀の肖像画は、裏切りを繰り返すなどの悪人イメージで描かれた複数の浮世絵しかなかった。だが、最近の研究で久秀のイメージは後世の創作や誇張とされ、実際には忠義の人だったと再評価する見方も出ており、貴重な資料として注目される。

 歴史館によれば、肖像画は昨年1月、市が東京の古美術商から購入した。縦109センチ、横44センチ。50~60代のころの唇が厚く、前歯が出た異相の姿を描いた。

 武将の肖像画は、法要や祭祀(さいし)のためにつくられることが多く、本人をしのぶことができるよう、実際の特徴をとらえて描写することが一般的とされる。今回の肖像画の上部にも、「天正五丁丑年冬十月十日薨(てんしょうごひのとうしどしふゆじゅうがつとおかこう) 妙久寺殿祐雪大居士(みょうきゅうじでんゆうせつだいこじ) 尊儀(そんぎ)」と、久秀の命日と戒名が記され、顔の特徴などを知る子孫らが描かせたとみられる。

 薄い藍色の直垂(ひたたれ)を着て烏帽子(えぼし)をかぶり、扇を持って腰刀を差す構図は、戦国時代の武家肖像画の典型的な描かれ方だが、腰刀には1561年に将軍足利義輝から使用を許可された桐(きり)紋が入り、傍らに金糸を織り込んだ袋もある。久秀は茶釜の「平蜘蛛(ひらぐも)」や茶入れの「付藻茄子(つくもなす)」など、名物茶器を所有したことで知られ、茶道具を入れた袋だった可能性が高い。

 鑑定した杉本欣久(よしひさ)・東北大准教授(日本近世絵画史)は、顔や肩の線が硬く、伸びやかさに欠けることから、没後間もない時期に描かれた原画を、後世に模写した可能性が高いと指摘。紙の劣化具合のほか、江戸時代中期になると、各地に残る古い肖像画を後世に残そうと、調査・報告する活動が盛んだったことから、「プロの絵師ではなく、歴史学者が18世紀後半ごろに模写したものではないか」とみる。

 久秀は、将軍を殺すなどの裏切…

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