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 愛知県豊橋市は3月5日、市内にある羽田(はだ)八幡宮所蔵の古文書2点について、戦国時代から江戸初期の後奈良天皇(1497~1557)と後陽成天皇(1571~1617)の直筆の書(宸翰〈しんかん〉)と確認されたと発表した。同じく見つかった鎌倉時代の後二条天皇(1285~1308)の書と伝わる1点は、比較する例が少ないため、今回は宸翰と確認するにはいたらなかった。

 後奈良天皇の宸翰は、続後撰和歌集の2首を流麗な文字で記している。後陽成天皇の宸翰は対照的に力強い筆致で「花鳥風月」と記されている。鑑定を担当した京都大大学院の上島享教授(日本中世史)は「いずれも良質な紙に風格ある書が記されている。羽田八幡宮に寄贈した吉田藩と公家社会との関係を考える上でも貴重な史料だ」と評価した。

 古文書は江戸時代に羽田八幡宮神主らが設立した羽田八幡宮文庫に所蔵されていた。昨年8月、市の文化財に指定するために文庫の旧蔵資料を調べた際、今回の3点を含む8点の古文書が見つかった。江戸時代にこの地を治めていた吉田藩の家老が寄贈したと確認できる古文書が多く、8点のうち5点については織田信長、豊臣秀吉、徳川家康らの書状の本物と確認され、豊橋市が昨年11月に発表。天皇の書と伝えられていた3点は鑑定を続けていた。

 今回の3点には、使われている紙に特徴があるという。すく際に青い顔料をにじませる「打曇(うちぐもり)」という手法が使われた最高級の紙で、特に後奈良天皇の書には金色で草花の装飾も施されていた。上島教授は「江戸時代には美術的価値がある書とみなされていたと思われる。こうした優れた書が売買されていたとは考えにくく、吉田藩と公家社会との交流を示す史料として、今後の研究に生かしてほしい」と話した。(宮沢崇志)