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 東大寺の僧の実忠(じっちゅう)が奈良時代の752年、修二会(しゅにえ)を始めた。実忠は、天上界の一つの兜率天(とそつてん)で営まれている行法「十一面悔過(けか)」を人間界でも勤めたいと思った。だが、兜率天の天衆が言うには、仏の周りをめぐる行道(ぎょうどう)を日々、繰り返さなければならない。天上界の1日は人間界の400年にあたるからできまい。

 ならば、と実忠が言った。走って、めぐる回数を増やして、成し遂げてみせよう。これが、こもりの僧の練行衆(れんぎょうしゅう)がする「走り」の由来とされる。

 6日未明、戸帳(とちょう)と呼ばれる白い幕が開き、練行衆の祈りの場の内陣が見えた。練行衆が須弥壇(しゅみだん)の周りをゆっくりと歩く。だんだんとスピードを速め、走り出した。この走りは13日未明、13日夜、14日夜にもある。(岡田匠)