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 水俣病をテーマにした英国映画「水俣」が2月、ベルリン国際映画祭でプレミア上映された。1970年代初頭の水俣を撮った米写真家ユージン・スミス役にジョニー・デップを配し、患者の怒りと苦しみに迫った社会派の話題作だ。患者の先頭に立つ闘士を演じた真田広之は、どんな思いでカメラの前に立ち続けたのだろうか。ベルリンでインタビューをすると、日本文化を正しく作品に反映させるための努力を明かした。映画「ラストサムライ」(2003年)に出演した際には「ハリウッド映画のオファーが来なくなってもいい」との決意で、ある行動に出たという。俳優としての半生を振り返り、意識改革の起点になった経験も語った。

拡大する写真・図版「水俣」が上映される会場のレッドカーペットで肩を組む(左から)真田、ジョニー・デップ、水俣病を世界に伝えた米国の写真家ユージン・スミスの元妻のアイリーン・美緒子・スミスさん=2020年2月21日、ベルリン、諫山卓弥撮影

レビタス監督「君がチェックして」

 ――映画を見た感想は?

 ドキドキしながら見ました。美しく力強い映画になっていましたね。重要なメッセージを刷り込んだアート映画になっていると思いました。教授(坂本龍一)の音楽もぴったりはまっていましたね。アンドリュー・レビタス監督のセンスを感じました。この映画に参加して良かったです。

 ――日本の描写にはかなり気を使ったとうかがいました。

 最初に出演依頼があった時、日本の文化をどうやって描いていくのかと監督に尋ねました。すると「日本人のスタッフはいないので、出来れば君がチェックをしてもらえないか」という返事でした。日本文化の監修もひっくるめてのオファーだったんです。そちらの方は完全にボランティアでしたが(笑)。

 ――それは大変な責任を負うことになりましたね。

 ええ。日本のシーンはセルビアやモンテネグロで撮っているんですが、撮影の数日前に現場に入って、セットから小道具まで、入念にチェックしました。看板などに書かれた日本語も、ちゃんと書ける人がいないので、それも担当することになりました。インディペンデントのアート映画の製作態勢ですから、かなり大変でした。

拡大する写真・図版「水俣」(C)Larry Horricks / HanWay Films

 ――娯楽時代劇ならまだしも、水俣病を扱ったシリアスな作品だから、気を使う部分も多かったのではないですか。

 外国人が日本を描く時に起こり…

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