ハンセン病の回復者で語り部の藤田三四郎(ふじた・さんしろう)さんが15日、亡くなった。94歳だった。葬儀は近親者で営まれる。後日、しのぶ会が開かれる。

 茨城県出身。戦争末期の1945年7月に国立療養所栗生楽泉園(群馬県草津町)に入所した。入所者による自治会活動に長年尽力し、「らい予防法」が廃止された96年以降は、隔離政策の非人道性を訴えるとともに、人権回復のための講演活動に全力をあげた。

 療養所を訪れる学生らとの交流は広く、多くの人に「じっちゃん」と慕われていた。隔離された自身の体験や詩や歌、交流の記録をまとめた詩文集「白樺(しらかば)のうた」など多数の書籍を残している。数年前から病気療養をしていた。

 自治会長として中心となって建立した「人権の碑」は19年秋に完成。隔離の歴史と教訓を伝える場となっている。