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 「野球はこれが最後です」

 嬬恋(群馬県嬬恋村)の佐藤真一君(18)は昨年7月、群馬大会1回戦で利根商に敗退すると、記者たちにきっぱり話した。2番手でマウンドに上がって140キロ超の速球を連発。相手ベンチをどよめかせた。試合後も、剛腕ぶりを聞きつけた複数の大学から誘いがあった。だが、「自分はトラックの運転手になりたいので」と断った。

 陸上競技の有望選手として大学へ進んだ2歳上の兄を見て、入学金や学費は多少免除されても下宿代や遠征費などでお金がかかると察していた。裕福な家庭ではない。「ここまで好きな野球をやらせてもらえた分、これからは自分が両親を支えたい」

 肩の強さは、高校時代にやり投げで関東大会へ出場した父純一さん(55)譲りだ。幼いころは小児ぜんそくに苦しんだ佐藤君。深夜にせき込むと父の運転する車の助手席に乗り、落ち着くまで2人でドライブした。養鶏場で働く父が大きなトラックを運転する姿にもあこがれた。

 県外の練習試合にも仕事の合間を縫って駆けつけてくれた純一さん。群馬大会の約1週間前、投げにくそうにマウンドに立つ息子の姿を見て、スパイクの先に指が出るほどの穴が開いているのに気づいた。「これじゃあ力が入らないだろ。我慢するなよ」

 佐藤君は中学時代に買ってもらったグローブを大切に使い、靴下にできた多少の穴も気にしなかった。「もう少しだからこれでいいよ」と言ったが、父はその日のうちに「最後までしっかりやりきれよ」と2足を新調してくれた。大会最初で最後の登板となったあの日、そのスパイクでマウンドを踏みしめた。

 4月から佐藤君は東吾妻町内のシールやフィルムを製造する工場で働く。嬬恋のOBたちとは草野球をやるつもりだ。「育ててもらった両親や地域の人たちに早く恩返ししたい」。純一さんは「社会に出てからが大変。でも健康でいてくれさえすれば、それでいい」。身長177センチ、体重77キロと、自分より大きくなった息子の背中を見つめた。

 「最後の夏」に買ってもらったスパイク。足になじまないまま役目を終えた。ずっと大切にする。佐藤君はそう思っている。(森岡航平)