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 車いすで走る日光市の金田典子さん(56)は徳島県鳴門市で生まれた。東京五輪が開かれた1964年。「沿道で赤ん坊の私を抱いた母が聖火リレーを観戦する写真が残っています」

 小4で父が監督を務めるチームでバレーボールを始めた。全日本の代表選手になって五輪に出場することをめざし、中学から親元を離れて強豪校に入学。高校では国体などで活躍し、実業団の名門日立製作所に入った。20歳の時に下肢障害に。ロサンゼルス五輪の選考合宿メンバーから漏れ引退した。

 30代半ば、ネットを挟んで座ったままプレーするシッティングバレーボールに出会った。日立のチームメートだった現全日本女子バレー監督の中田久美さんから薦められ、背中を押された。日本代表として2008年の北京、12年のロンドン・パラリンピックに出場した。

 「世界中の人たちと触れあい、助け合うことの大切さを学んだ。家族の支えや地域の応援なくして、五輪やパラリンピックに携わることはなかった」(梶山天)