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 日本人の2人にひとりが一生涯に1度は診断される「がん」、がんと関わりのない人はほとんどいないでしょう。2021年度から中学校で、2022年度から高校で「がん教育」が始まります。では、がん教育は、どんなことを目的に実施されていくのでしょうか。また、そこでの課題にはどのようなものがあるでしょうか。経緯を含め、連載を2回に分けて考えてみます。

忘れられない授業との出会い

 学校現場では以前から「がん教育」の試行的な取り組みが進められていました。私も様々な学校でお話をさせて頂いたことがありますが、その中で、今でも忘れられないできごとがありました。

 まだ、今のようにがん教育に関するガイドラインも教材もなかった頃のことです。100人以上の中学生を、一度に体育館へ集めて実施する形式の授業があり、私もがん経験者の立場から聴講させてもらいました。

 授業は、お酒はほどほどに、たばこは吸わない、食事はバランス良く食べる、運動もしっかりするなど、生活習慣の予防方法に関する留意事項がかなり前面に出た内容でした。

 講義を聴きながら、30代という若い年齢でがんを発症した私としては、「生活習慣病と言えるほど長く生きていないし、食事も注意をしていたけれど、私はがんになったけどなぁ…」と感じていました。

 そんな中で、授業の間、ずっと下を向いて、何かを堪えているように見える女子生徒がいることに気が付きました。教師のところへ行き、確認すると、直近でご家族を亡くされたばかりの生徒だということを知らされました。

 私は、驚き、気になって、さりげなく彼女のそばに近づき、授業の間ずっとそばに寄り添っていました。

 授業の締めくくりでは「自分に向けたこれからの誓いの言葉」を紙のボードに書き込む時間がありました。多くの生徒が「たばこは吸わない」「お酒は控える」など、授業で伝えた内容をそのまま書く中で、その生徒は「後悔しないように、できるだけ優しく接する」と書いたのです。

 それを見た私は本当に心を揺さぶられ、涙があふれました。どれだけの思いでこの時間を過ごしてきたのだろう、どんな思いでこの授業を聞いていたのだろう。そう思うと、もう言葉はなく、ぎゅっと抱きしめることしかできませんでした。「私は、あなたの言葉が一番こころにひびきました」と伝えると、本当にうれしそうな、でも、ちょっと悲しそうな笑顔を返してくれました。

 そして、授業が終わったとたん、周囲にいた5~6人の生徒たちが彼女のまわりを囲みました。彼女の事情を知っていたのでしょう。背中をさすったり、顔をのぞきこんで話しかけたりしながら、皆で体育館を後にしていきました。私はその光景をみたときに、「ああ、彼女は大丈夫、ひとりじゃない」そう思いました。そして、生徒たちの力を信じることの大切さを学びました。

拡大する写真・図版ある「がん教育」の授業の現場(写真と記事は関係ありません)

がん教育がはじまった背景

 戦後間もない時代と比べて、私たちの生活習慣や社会状況はずいぶん変化をし、かかる病気の種類や、かかる人の数も、変わってきました。厚生労働省が公表した2018年人口動態統計月報年計によれば、第1位は悪性新生物(がん)、第2位は心疾患、第3位は老衰、次いで、脳血管疾患、肺炎となっています。

 このうち「がん」は、1980年に国民の死因の第1位になり、いまは、2人にひとりが一生に1度は診断される「国民病」ともいわれる病気です。家族、友達・知人、あるいは当事者として、「がん」との関わりのない人はほとんどいないのではないでしょうか。でも、私たちが知っているがんの内容は、数十年前のがん治療のままだったり、科学的な根拠に乏しい話だったり。また、検診受診率の低さも加わり、課題になっていました。

 そこで、2012年に閣議決定をされた第二期のがん対策推進基本計画では、「子どもに対しては、健康と命の大切さについて学び、自らの健康を適切に管理し、がんに対する正しい知識とがん患者に対する正しい認識をもつよう教育することを目指し、5年以内に、学校での教育の在り方を含め、健康教育全体の中で「がん」教育をどのようにするべきか検討し、検討結果に基づく教育活動の実施を目標とする」と明記され、以降、がん対策基本法(改正)、そして、第三期のがん対策推進基本計画の中にも位置付けられてきました。

 2014年度からは、文部科学省に「がん教育」の在り方に関する検討会が設置され、モデル事業を行いながら、がん教育の目標や基本的な考え方、定義のほか、外部講師の確保や教材、指導参考資料の作成など、今後のがん教育の推進に向けた議論が進められてきました。以下のページに情報がまとまっていますので、ご興味のある方は是非ご覧になってください。

 <参考リンク>

文部科学省「がん教育」ホームページ

https://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/hoken/1370005.htm別ウインドウで開きます

     ◇

 以上、がん教育に関わるこれまでの経緯について整理をしました。

 次回は、その目的や、いま指摘されている課題についてふれてみます。

拡大する写真・図版全国がん患者団体連合会が、がん教育に向けて配慮などをまとめたガイドラインをつくっている。

拡大する写真・図版がん教育の定義と目標

<アピタル:がん、そして働く>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/cancer/

桜井なおみ

桜井なおみ(さくらい・なおみ) 一般社団法人CSRプロジェクト代表理事

東京生まれ。大学で都市計画を学んだ後、卒業後はコンサルティング会社にて、まちづくりや環境学習などに従事。2004年、30代で乳がん罹患後は、働き盛りで罹患した自らのがん経験や社会経験を活かし、小児がん経験者を含めた患者・家族の支援活動を開始、現在に至る。社会福祉士、技術士(建設部門)、産業カウンセラー。