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 中国から世界に飛び火した、新型コロナウイルスの脅威。各国政府がロックダウン(都市封鎖)などの強硬措置に踏み出すなか、欧米の政治思想に詳しい仲正昌樹さんは、歴史上における感染症と政治権力との「密接な関係」に着目する。国家による市民の「管理」や「隔離」、危機対応と民主主義のジレンマを、私たちはどう受けとめるべきか。

拡大する写真・図版政府のコロナ感染を巡る対応に関して語る仲正昌樹・金沢大教授=杉本康弘撮影

 ――感染症の発生で隔離された人々の不条理を描いたアルベール・カミュの「ペスト」が、たびたび重版するほど売れているそうです。この現象をどう見ますか。

 「伝染病は古今東西の哲学・文学でけっこう主要テーマになっています。中国・武漢の封鎖というニュースを最初に見たとき、カミュや、エドガー・アラン・ポーの短編『赤き死の仮面』の世界そっくりだと感じました」

 ――そっくり、とは?

 「人間の本質があらわになるのは、戦争や自然災害より、むしろペストに象徴される『未知の何か』が人間内部に侵入してくる状況だ、というのがカミュのメッセージです。『ペスト』の舞台はフランスの植民地だったアルジェリアですが、フランス政府はある限られた区画に人々を隔離し、人々を管理・監視できるようにした。こうした状況は、戦争や自然災害では想定しにくい。ペストも怖いが、このときの政治権力の方がもっと怖い、というわけです」

 ――仲正さんの専門は政治思想ですが、政治権力の怖さという点で、コロナ危機を考えるヒントを与えてくれる思想家はいますか。

 「やはり公衆衛生と権力の関係を論じたフランスの哲学者ミシェル・フーコーでしょう。彼が1975年に出版した『監獄の誕生』で示したのが、看守が囚人を一望監視できるあの有名な施設『パノプティコン』ですが、その導入部でペストが出てくるのも、何やら符丁が合っています」

 「パノプティコンは、中心に監視所があり、周りを取り囲むように独房が設置されている監獄のイメージです。照明などを調節し、囚人からは、誰に監視されているのか、そもそも監視されているか否かも分からない。こうした管理システムは監獄に限らず、病院、学校、工場などに拡張されうる。人々を規律正しく従順なものに導くという意味で、フーコーはこれを『規律権力』と名付けました」

 ――権力にとって、そんな管理システムの利点は何でしょう。

 「統治の手間、コストが抑えられます。権力側が市民を抑え込もうと武力や強制力を行使すれば、市民が抵抗してその鎮圧に手間がかかる。近代の権力は、前近代のように人々の命を粗末に扱うのでなく、なるべく生かした状態で利用するという手段をとるようになった、とフーコーは指摘します」

 ――フーコーの権力分析は、現代の私たちにも有効でしょうか。

 「フーコーはノーム(規範)/ノーマル(正常・普通)という概念も示しています。安倍晋三首相によるイベント自粛や一斉休校の要請に対する人々の反応を考えるうえで、示唆的かもしれません。政治権力は通常、立法や何らかの指導でノームを作りますが、そのノームが定着すれば、人々はいつの間にか『これが普通だ』と思い始める。人間は誰しも『普通』から逸脱し、異常扱いされるのは嫌です。こうして、権力から強く促されなくても、自分で自分を無意識に統制するようになります」

拡大する写真・図版仲正昌樹・金沢大教授=杉本康弘撮影

 ――安倍首相が打ち出したのはあくまで「要請」でした。感染者が出ていない自治体もあったのに日本の圧倒的多数が従いました。

 「自分が逸脱していないかどう…

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